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浦部法穂著『世界史の中の憲法』(共栄書房)を読んで

2009年1月26日

 長年高校で社会科を教えてきた生井弘明さんが法学館憲法研究所双書『世界史の中の憲法』(浦部法穂著)の感想文を寄せてくださいましたので、ご紹介します。
 生井さんには以前当サイトの「今週の一言」で「憲法の心を歌った“幻の国歌”」について語っていただきました。昨年も著書『「われら愛す」U − 広がる平和のウエーブ』を上梓されました。
 (法学館憲法研究所事務局)


生井 弘明

 この本の立ち位置は、最後に書いてある「国」の枠組みからの人間の解放、つまり「国にとってどうだではなく、一人ひとりの人間にとってどうだ」ということを中心に書かれているということだ。しかもその人とは「日本に住んでいる人だけではなく、世界中の一人ひとりの人のこと」の意味である。つまり人間中心主義の憲法の考え方といってもいい。
 実は私自身、このような本を長い間待ち望んでいた。もう15年以上も前になるが、高校の「政治経済」を担当している時に、このような本が出ていたら、どんなに生徒に対してもっといい授業ができただろうと思ったからだ。以下、各章でとくに印象に残った点を記してみたい。

 「第1章 憲法というものの考え方」―イギリス、アメリカ、フランスの立憲主義についてその歴史が書かれているが、革命の主役は誰かに焦点を当て、下からの(国民からの)要求が運動に代わって行くことが必要で、下からの力が弱いところは、結局日本のように、支配権力に都合のいい憲法きり制定されないと述べ、人間中心主義が出ている。

 「第2章 人権という考え方の歴史」―「人権」を「生まれながらにもつ権利」と位置づけ、特に「所有権」を資本主義の発達とからみ合わせながら説明している点は、教科書にはない特徴だと思う。特に、ロックの「所有権」の説明で「ホンネ」と「タテマエ」が語られ、建前では自然権の一つであるというが、本当は自分の利益の確保であったというところは面白い。
 しかし、その「タテマエ」論も産業革命による大量生産によって「所有と労働の分離」が起きてくるあたりは、現代社会との関係にも相通ずるところがあって、勉強になる。やはり「タテマエ」の正しさを貫いていくことが大切だと言われている点は、同感だ。

 「第3章 国民主権という考え方の歴史」―ホッブズ、ロック、ルソーの社会契約論のなかで、特にルソーの「全体意思」と「一般意思」の説明がわかりやすく、その「一般意思」が1791年フランス憲法で具体化したあたりは、とても参考になった。
 また「国民主権」という言葉の持つ危険性も記述されており、多数決原理は少数意見の切り捨てにつながることが明記され、これの手当が重要なこと、これなしに民主主義は非常に危険だという意見は尤もだと思った。
 「違憲立法審査権」についても、制度の説明だけでなく、その「限界」が指摘され、現代日本の司法制度の実態とも絡めて、「神話」という表現を使っているのには納得。

 「第4章 権力分立の考え方」―「へえ」と思ったのは、イギリスでは2005年に「憲法改革法」ができ、それによって2009年10月から「最高裁判所」がスタートするというくだり。それまでは議会が裁判所の役割も果たすという解説には「そうだったの」という私の不勉強ブリを露呈した。
 面白かったのは「王は君臨すれども統治せず」が、本当は国王が外国出身で英語がわからなかったという話。教科書ではいかめしく前段だけが書かれていて、本当の理由は書かれていない。

 「第5章 戦争と平和の歴史」―著者が一番訴えたかった章の感じを受けた。「戦争とは何か」の定義付けのあと、そこには、歴史的にみても、戦争によって利益のみを求める権力者や支配者が糾弾され、民衆は常に犠牲者であることが強調されている。特にその数が第1次大戦から第2次大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争と時代が下ってくるにしたがって、軍人の戦死者と民間人の犠牲者の割合が第1次大戦時には95対5であったものが、ベトナム戦争では5対95と逆転し、民間人の犠牲の上に権力者は自己の利益を追求していることが主張されている。
 卑近な例で、2004年11月27日当時官房副長官の安倍晋三元総理は、東京の九段会館大ホールに集まった大勢の若者たちを前に「…個人の自由、民主主義、権利、とてもそれは大切であります。しかし、それを担保しているのは日本という国なんです。その国が危機に瀕したときに命を捧げるという人がいなければ、この国は成り立っていかない。…」と倒錯した民主主義感によって、国家のために死ぬことを若者に強要している。『世界史に中の憲法』に書いてあるのはこのことを言っているのだと実感した。
 そうではなくもっと大切な環境問題、人口問題、食糧問題をどうするかを検討する時期にきていること、国家の安全保障よりも人間の安全保障を考えることが重要であると述べ、「戦争は私たちに何一つ利益を与えない」と締めくくっている。この章だけ読んでも、この本を手にした価値があると思う。

 最後の「第6章 国家と国民の歴史」―国家の歴史はせいぜい200年、地球全体では50年ぐらいしか経っていないのに、私たちはいつの間にか国家はもっと昔からあり、われわれはその国家の国民であると刷り込まれている。著者はそれを「想像の共同体」といい、それを権力者、支配者に利用されて「愛国心」を強要されたり、戦争に狩り出されたりしている。
 それよりも、もっと一人ひとりの人間にとって大切なものは何かを考え、そのような枠組みから人間を解放することが平和や人権の実現につながると結論づけている。

 読みやすく、充実した内容のものになっているし、装丁も明るく、つい手にとってみたくなる。机の横に置いて欲しい本であり、学校では、社会科の副読本として利用したい本である。

 

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