教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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中学校における憲法学習の視点
2011年2月7日
矢内一弘さん(杉並区立松溪中学校教員)
 私は教職30年以上になるが、この頃やっと社会科でどのような生徒を育てるべきかと言うことが明らかになってきたと思う。それは「賢い主権者の育成」である。賢い主権者に必要な知識は、中学校社会科の目標でもある「公民的資質の育成」である。1,2年の地理的分野では世界の動きを空間的にとらえ、日本と世界とのつながりを横に見ていく。歴史的分野では時間的に日本の歴史の流れを縦にとらえていく。そして3年の公民的分野では斜めに見て、人権獲得の歴史を理解し、その上に日本国憲法があることを実感としてとらえさせようと工夫している。
  私が憲法学習の授業の中で一番重視しているものは、憲法第97条の【基本的人権の本質】である。そこには「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であって、これらの権利は、過去幾多の試練に堪え、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」とある。
  私は読むたびに感動を呼び起こしてくれる、理想として本質がここに書かれていると思う。「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」こそ、歴史認識として生徒に身につけさせなければならない社会科の使命であると考える。歴史の視点として、私は近代とは何か、どこから成し遂げられたものかを教えようと授業をしている。それは『市民革命』と『産業革命』という2つの革命からである。
『市民革命』は、中小商工業者である市民が独裁者の絶対王政を倒し、議会制民主主義を手に入れたことである。これは権力を多数者が分かち合い、いつでも交代できる権力にしたというのだ。人間が自由に生きるべき「自由権」は、誰もが当然のものとして求める古典的基本権の獲得と教えている。
もう一つは『産業革命』の結果から生まれた、資本主義社会のあり方・政府の役割の変化である。自由な経済活動から富を蓄積できた資本家と、飢える自由しかなかった労働者に対する貧富の差をいかに解消すべきかという、社会の責任として新しい人権「社会権」が獲得されたのである。ここに多数の社会的弱者である労働者の「人間らしく生きる権利」の要求として「生存権」が生まれた。これを私は20世紀的基本権と教えている。
この2つの革命こそ、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」であり、「過去幾多の試練に堪え」て勝ち得た『基本的人権』という人類の財産なのである。ここからも、すぐれた人権感覚は、歴史認識なしには生まれることはないと思う。そして「侵すことのできない永久の権利」と保障されていることの意味を、また憲法第12条にある「国民の不断の努力」の必要性をきちんと理解させることも欠かせないことである。
さらにもう一つ日本国憲法の学習で強調するのは、この憲法が戦争の反省から生まれ、二度と戦争は繰り返さないという決意が表明されていることある。それは【憲法前文】に述べられており、日本国民は、「崇高な理想を深く自覚」しなければならないものである。
   「賢い主権者」とは何かを、私は生徒に「二十歳になったら必ず選挙に行き投票する」ことだと言っている。自分の政治的意思を表明する権利と責任がいかに獲得されてきたかの歴史を知れば、簡単に棄権などできないと思うのだが、近年20歳代の投票率は30%を切っている。やはり生徒を愚民にしてはならず、「賢い主権者」にする責任が今ほど社会科教師に求められる時代はないと考えている。私は、社会科でやらなければならない「賢い主権者の育成」のために、残り少ない教職生活を全力で行っていきたいと思う。