教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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主権者としての自覚を促す授業
2011年3月7日
 
私立高校教員
 

 世の中には2種類の人しかいない。社会科が熱烈に好きな人と、大嫌いな人と。高校で社会科を教えていると、そんなことも考えてしまいます。入学してすぐアンケートをとると、好きと嫌いでは大体1:2位の割合に分かれます。嫌いな理由は「暗記科目だから」。
  社会科は、社会について学ぶ教科です。そして社会が「自分の身の回りのこと全て」を指すのだとしたら、本来社会科は自分にとって一番身近なことを学ぶ教科で、一番ワクワクしながら学べる教科であってもいいはずです。それなのに、「暗記科目だから嫌い」と生徒に思わせてしまうのはもったいない。第一、「社会科が好き」と答えた生徒だって、その多くは「戦国武将や幕末が好き」ということであって、決して社会を身近に感じた上のことではないのです。
  社会科の授業、とりわけ現代社会の授業にとっては、生徒の目線――彼らの興味、関心、認識、生活実感――にあった“ネタ”が欠かせない、と私は思います。ハンバーガーや穀物、水、エビ…そういった具体的なモノを詳しく見ていくことで、「現代社会には様々な問題がある」こと、そして「それらの問題と自分達とは、どうやら無関係ではなさそうだ」ということ…そういうことに気付かせていくのが、とりわけ高校1年生ぐらいの生徒には必要なのではないか、と思います。

 そうした問題の中では、比較的抽象度の高い安保・在日米軍の問題を、私は3学期に扱います。
  T「もし君達の身の回りでこんな事件があったらどうする? 隣の家から1日中うるさい音楽が聞こえる」 S「でも自分も結構大きな音で音楽聞いてるからな」 T「じゃあ、夜中知らない人が忍び込んでくるってのは?」 S「犯罪じゃん」 T「まだあるよ。知らないうちに飲み水に毒が入れられる、ベランダにいたら銃で狙われる」 S「あり得ないよ」 T「いや、実はこれらは実際にあった事件、そしてその全てに在日米軍が関係している」
  正月休みで鈍っている生徒の頭を、そんなやりとりをしながら少しずつ覚まします。その後授業では、在日米軍の規模とその根拠になっている安保条約を学びます。そして改めて基地周辺の様子、とりわけ在日米軍の75%が集中する沖縄の様子を学びます。その中で、日米地位協定によって米軍が様々な特権を手にしている現実を知り、生徒は驚きます。
  T「地位協定では、米兵が公務中に起こした犯罪ならアメリカが裁判することになっている。でも、例えば軍主催のパーティーでお酒を飲んでその帰りに事故を起こしても、これは『公務』扱いになる。しかも公務だったかどうかは上官が証明書を出せば済む」 S「それじゃあ何でもありじゃん」 T「もし日本で裁判することになっても、それまでの身柄はアメリカが預かることになっている。本国に帰ってしまって、裁判ができないことも今まであった」
  そんな話に、生徒は最初のうちはビックリしていますが、米兵用の豪華な家や学校(うちの学校の施設と比べて何と立派なことか!)が「思いやり予算」でつくられている話には言葉も出ず、横田基地の「東京ディズニーランドツアー」「西武ドームプロ野球観戦ツアー」にも公務中との証明書が発行されて有料道路がタダという話には苦笑いをし…という感じです。
  T「もちろん、在日米軍がいるお陰で日本が平和なんだ、日本が今のような経済大国になれたのは在日米軍がいるお陰で軍事費にお金をつぎ込まなくて済んだから、という声もある。でも一方で、米軍があるが故の事件・事故が起きたり…逆に危険じゃないかという声もある」
  T「安保条約第6条には、『日本のどこそこに基地を置く』とは書いてない。裏を返せば、日本のどこだって基地になる可能性があるということ。例えば君の家の隣とか。その点では、今自分の身近に基地がなかったとしても、自分達に無縁の出来事ではないかもしれない、ということだ」
  T「安保条約第10条には、どちらかの国が一方的に『なくす』と言えばなくせると書いてある。つまり、安保条約を続けるかなくすかは、日本が決められる。それは言い換えれば、君達が決められるということだ」…そんな話をして、この授業を終えました。

 以前、教師に成り立ての頃に先輩の先生に「“主権者意識”って、結局どんなものですか?」と質問したことがあります。その方はこう言いました。「何かあった時に声をあげようと思えること。誰かが声をあげた時に耳を傾けようと思えること。声をあげた時に『この人達なら耳を傾けてくれる』と周りの人を見ることができること。…そうしたことが、頭で分かるんではなく肌感覚で持てるってことが、まず必要じゃないかな」。
  社会が身近なものと感じられないような中で、何とか社会と自分とをつなげて考えてほしい。そこにある問題に目を向け、その一つ一つについてしっかり考え、判断していってほしい。その一助に自分の授業がなるように、毎日の授業に向かっています。