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模擬投票を通して主権者を育てる
〜社会科における憲法教育〜
2011年3月28日
 
有賀久雄さん(長野県田川高等学校教員)
 

1.模擬投票(模擬選挙)とは
  2008年の米大統領選は初の黒人大統領を選出した歴史に残るものとなったがオバマ人気が黒人や若者の関心を掘り起こし、投票率の高さも話題になった。その若者の投票意欲を支えている要因のひとつに、アメリカで長い伝統をもつMock Election=模擬選挙(模擬投票)があることは論をまたない。前回2004年の大統領選では、全米で実に600万人以上の子どもたちが、小中高校で投票したという。アメリカだけではない。イギリス、フランス、カナダ、コスタリカなどでも全国規模で取り組まれている。日本では21世紀になってNPO法人ライツ(現模擬選挙推進ネットワーク)が全国の学校に呼びかけて本格的に行なわれるようになったが、その規模は2007年参議院選で8000人が投票したのが最高だ。
  私が「模擬投票」を授業で初めて行なったのは2000年田中康夫氏が初当選した県知事選の時だった(於辰野高校)。実施したのは全国的に話題になった選挙だったからということもあるが、社会科教師として、近年のとりわけ1990年代に入ってからの、国政選挙での投票率の急激な落ち込みが気になっていたからだ戦後長い間保たれてきた衆議院で70%台、参議院で60%台というある程度の水準を割り込むようになり、95年の参議院選では44.5%とついに50%を割り衆議院でも60%を切った(97年)。とりわけ20代、30代の若者の低投票率は深刻で、20代に至ってはいつのまにか30%台というのが当たり前になってきた。
  むろん若者は高校時代「政治経済」や「現代社会」の授業で民主主義の基本としての「選挙」の重要性を学ぶ。いわく「選挙は主権者としての国民がその意思を直接表明する最も重要な機会である」と。ところが実際に20歳になり、選挙の際に投票所に行く若者は少ない。学校で教わったことが現実における行動に結びつかない。学校知が生活知になっていないのだ。そこには、彼らに結果として知識の詰め込み教育をしているだけの、われわれ社会科教師の責任はないといえるのだろうか。
  そんな思いから、将来の有権者となる生徒たちに何とか選挙の重要性を印象深く学ばせるために、と考えついたのが、「模擬投票」という方法であった。以来01年参議院選、03年衆議院選(志学館)04年参議院選、05年衆議院選、06年県知事選、07年参議院選(於松本筑摩高校)と毎年のように選挙のたびに実施してきた。

2.方法とその経緯

(株)市民タイムス提供 2004年7/10付

  実施方法は、2時間ほど教科書で日本の政治や選挙制度を学んだのち、選挙公報、各種新聞記事、政党のマニフェストなどから、各候補者の主張、人となり、各政党の政策の違いなどを読み取らせ、自分なりに選んだ理由も書かせて、投票日の直前の授業で投票する。そして公職選挙法に抵触しないように実際の選挙の開票後、つまり翌週の最初の授業で1時間かけて皆の前で開票。クラスの選挙管理委員を使って、投票箱から取り出した投票用紙を私がひとつひとつ読み上げ、選挙管理委員が「正」の字を書いていきそのクラスにおける当選者を決定する。
(選挙管理委員には投票の際に投票箱の前に立ってもらって、不正な投票がないかどうかの監視をしてもらうのも大切な演出である。)その上で実際の選挙結果と自分たちの投票結果との共通点や違いなどを考察させたり、今回の選挙をどうとらえたらよいかというような新聞記事を読み合わせてまとめとする。ざっとそんな構成で毎回行なってきた。
  少しずつ回を重ねるごとに「進化」もした。投票箱は最初の自分で用意したものから、生徒会や職場の組合の選挙の時に使う箱をお借りしたものに代わり、そして05年からは市の選挙管理委員会の協力を得て、実際の選挙で使う「本物の」投票箱を使うようになった。(最初に選管にお願いの電話をした時はドキドキだったが、帰ってきた返事は「いいどこじゃないっ!」(ホッ)。また生徒に「これはわざわざお借りしてきた『本物の』投票箱です」とことわると、ゴックンと唾を飲み込む生徒もいてなかなかの効果である。)
  さらにライツから送ってもらい机の上に並べた各政党のマニフェストと壁に貼った政党ポスターが教室をにわか投票所にする雰囲気づくりに一役買ってくれるようになった。そして前回の07年参議院選からは、HR教室を出て本物の投票所そっくりの空間を作った特設会場に足を運んで投票するやり方に変えた。そのために選管からさらに候補者名を書くときの間仕切りや、そこに掲示する候補者や政党名を書いた掲示物(コピー)もお借りした。
  また04年の参議院選からライツの全国集計に参加するようになり、06年からは日本青年会議所長野ブロック協議会が主催する公示前の候補者公開討論会に参加する生徒や、ライツが呼びかける街頭投票のボランティアをする生徒など、校外の活動に自主的に参加する者も一部ではあるが出てきた。

3.生徒たちの意見

(株)市民タイムス提供 2007年7/20付

  以上、回を重ねてきた模擬投票だが、生徒たち10代の若者の投票にはどんな特徴が見られるのだろうか。まずひとついえることは、(生徒たちが投票用紙に書いた、「選んだ基準」を読んでみると)思いのほか真摯に候補者の政策や公約をよく読んで、政策本位で選んでいるということだ。「少子化問題に真剣に取り組んでいるから」「年金や地球環境など自分が気にしていることを(公報に)書いているから」(04年参議院選)「国民のことをしっかり考えているかを基準に選んだ」「生徒会の選挙と似ていたけど、1票で日本が良くなるかも知れないところがすごいと思った」(感想)(05衆議院選)「福祉や教育に力を入れる候補に入れた」「年金と格差の問題を重視した(07衆議院選)
  また、高校生の投票傾向は、当然その時々の選挙結果に一致する部分もあるのだが、一般的には「平和が一番」「戦争をしない」「平和、憲法9条を守る」といった問題に一番関心を寄せる。景気、年金といった大人が問題とする経済問題以前の大前提として、平和が維持されることに敏感な高校生の感覚は真っ当だという気がするし、いつの選挙でも「ぶれない」その姿勢は大切にしたいと思った
  またこの模擬投票を取材したある新聞記者から「高校生の模擬投票の投票結果は、20代の有権者の投票結果とよく似ている」と指摘されたことがある。そうだとすると例えば18歳選挙権が実現すれば20代の政治的意見を10代の投票が補完することとなり、若者の意見が政治により反映されることにもなりはしないだろうか。

4.模擬投票後、若者は
  さて模擬投票の経験は、高校生たちにどんな変化や影響をもたらすのであろうか。卒業生への追跡調査等ができれば一番良いのであるが、最近は個人情報保護という問題もあり、なかなかしっかりしたデータ的なものは取りにくい。ここではいくつかの例をあげたい。
  最初の模擬投票をした00年の県知事選は田中知事誕生という話題もあり、その後も生徒の関心は続いた。何人かの生徒が新聞に投書し、新知事に期待することや公約に掲げたことで是非実現してほしいことについて意見表明をして、新聞に掲載された。
  また前述のように学校を飛び出して街頭投票のボランティアに参加する生徒もいたが、そのひとり里優花さん(松本筑摩高校出身、現在日本福祉大2年)が20歳になった今、高校時代の模擬投票の経験をふりかえって次のような文を寄せてくれたので、それをもってまとめとしてみたい。
「高校1年の授業で参議院選の模擬投票を体験し、3年の夏には県知事選で街頭投票のスタッフとして参加した。投票する側と票を集める側両方を経験したことにより、私は『未成年は選挙に関与する必要がある』と自覚するようになった。
  私の母校は他校よりも様々な事情や問題を抱えて入学してくる生徒が多い。その中には自己評価が低く、自己肯定感が足りないことが要因となり、学ぶことに対して消極的になって諦めてしまう生徒も少なくない。だがそんな中模擬投票をしてみると、私も他の生徒も『権利の主体』となり、ストレートに自らの意見を投票という形で表明していた。その様子からは今まで抑圧されてきた自分の考えや訴えを外へ投影する機会にやっと巡りあうことができ、また彼らが模擬投票を行うことによりエンパワメントされたという事実が垣間見えたのだ。
  また、街頭で投票を呼び掛けた時も私は同じことを感じた。投票をしてくれた同じ年代の中高生たちは、政治への認知度・意識度がバラバラであった。しかし『投票したい!』と私たちスタッフのところに寄ってきた彼らは、政治に関する知識がないと言いながらも、友人と相談しながら一生懸命投票用紙に記入していた。彼らは誰に投票してもいいという自由と、自分の一票で物事の方向性が決まるかもしれないという責任、この相反するようで表裏一体をなす民主主義特有の概念を、身を以て実感したのかもしれない。私は今年20歳を迎え晴れて有権者となったが、20歳にならなければ未成年のあの頃に対してこうして客観的に見ることができなかったのかもしれない。選挙権とセットで成人年齢を18歳に引き下げる議論の中で、欧米に比べ日本の若者が持つ社会的成熟度や政治への関心理解度は低いと言った人がいたが、正直私も周囲もそういった若者であるという事実は否めない。でも若者たちは模擬投票をしたことにより、普段の生活の中ではなかなか実感しにくい『自分たちは権利の主体である』ということを明らかに感じることができたのだ。これは重要なポイントでたとえ高校生の中に様々な格差があるとしても、模擬投票というような場があれば、平等に意見を表明する権利・機会が与えられる。何かを知っていなくても、エンパワメントされて自己肯定感がその人の中で生まれれば、結果として社会や政治に関心を持てるようになるだろう。選挙権を18歳に引き下げるという議論があるが、それよりも模擬投票を普及させるなど、若者に意欲を持たせる取り組みをする方が、将来社会に対し積極的な有権者を生みだすメリットがあると思う。」

5.最後に
  政治的中立に配慮しながら、子どもたち自身に政治的選択を体験させ、最終的にポリティカルリテラシーを身に付けた大人になっていってほしい。この模擬投票がそんな市民教育、主権者教育のきっかけになってくれたらよいと思う。次回の選挙ではもっと多くの学校で取り組まれることを願っている。

「後生畏るべし。いずくんぞ来者の今に如かざるを知らんや。(若者こそ畏敬するべきである。どうして未来を生きる若者が、今を生きる我々よりも劣っているなどといえようか。)」(孔子)

(模擬選挙推進ネットワークのHP)
http://www.mogisenkyo.com/

※本稿は、長野県高等学校教育文化会議発行の教文ブックレットNo.7「"改憲"YESorNO 高校生の選択 〜高校生の憲法意識調査と憲法の教育〜」(2009年2月発刊)に掲載された原稿を長野県高等学校教育文化会議のご了解の下、転載したものです。