教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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〜憲法学習を身近なものに〜
『憲法を観る』、Youtube画像を活用した公民の授業づくり
2011年4月11日
 
南波 純さん(山形県鶴岡市立鶴岡第二中学校教員)
 

1.はじめに
〜最新ICT機器の配置〜
  2009年の山形県教育研究集会「社会科学と教育分科会」で、『電子紙芝居を使った世界史教材の作成』というレポート発表があった。難解な世界史教材を写真、地図、音楽をスライドショー的にまとめて、7分程度の動画(電子紙芝居)によって授業を展開するという実践であった。課題として、毎時間プロジェクターやスクリーンなどハード面を備えなければならない点が挙げられた。
  しかし2010年の春、その点を一気に解消できる設備が学校現場に入った。景気対策で各学校に配置された最新ICT機器である。この機器は画面も大きくスクリーンは不要。さらにパソコンにつなげば画像や動画もすぐに映し出すことが出来る。この最新機器を活用すれば、公民の憲法学習の改善につなげることができるのではないかと考え、様々な活用と実践を試みた。

2.『憲法を観る』の活用
  この教材は、『憲法の基本的な存在意義や役割を伝え、考えてもらう教材』として、この5月に発売された映像教材である。製作者は、『憲法と共に歩む』製作委員会であり、伊藤真氏や浦部法穂氏が監修をしている。これまでの映像教材と違い、憲法の条文や考え方を網羅的に説明したのではなく、憲法の基本的な考え方を学ぶものとなっている。
  また、全編にわたり、3人のユニークな高校生が出てきており、楽しい構成となっており生徒にとって飽きない内容構成づくりになっている。

3.憲法をめぐる最近の情勢
(1)『派遣切り』、『非正規労働者』の増加、など労働基本権に関わる問題が多く発生している。
(2)『格差社会』、『貧困層の増加』、『生活保護受給者の増大』など、憲法25条『生存権』が
今ほど脅かされている時代はない。
(3)政権交代となった現在でも、自衛隊のソマリア沖への派遣や日米同盟の重視が継続されている。さらに武器輸出三原則の緩和まで打ち出されており、憲法9条の形骸化はむしろ進行しつつある。

4.中学校社会科における憲法・人権学習の状況
  社会科公民学習は、日本の民主主義の実現、さらに主権者を育成する上で極めて大切な学習であるにも関わらず、単に条文を覚えたり暗記する対象になりがちであり、憲法の理念や民主主義の考え方はほとんど学習されない傾向にある。
  憲法は身近な存在ではなく、生活実感として捉えられにくい。他校の実践の中には、日本国憲法の三原則を重要度の順位でランキングの対象とする実践まで登場している。社会科教員でさえ、憲法の本質を理解していないことが伺われる。

5.憲法・人権学習を身近なものにするために
  以上のように、憲法に関わる社会的な状況、学校現場での状況はけっして良好なものではない。とくに社会科公民学習における憲法・人権学習については、『暗記中心』の学習から『憲法を身近な存在と感じる学習』へと転換を図る必要がある。
  憲法の理念や人権の思想を、身近な存在にするために活用したのが、『YouTube』動画であり、2010年5月に刊行された「中高生のための映像教室 『憲法を観る』」である。

(1)『YouTube』動画の活用のメリットと背景
@『YouTube』動画の登場によって、私たちが必要とする映像が検索機能によって容易に手に入れることが出来るようになった。そのため、これまでは市販のビデオやDVDでしか手に入らなかったニュース映像などを、授業で活用できるようになった。また過去に放映された貴重な映像も利用できるようになった。
Aさらに、この春全国の学校に配置されたICT機器によりパソコンを使用した動画の再生が簡単にできるようになった。

(2)どんな動画を活用したか。
@部落差別を取り扱ったテレビ番組の映像。
  (当地区では、部落差別は一部の高齢者を除き、その存在すら知らない状況である。)
A「おにぎりが食べたい」と遺言して亡くなった一人暮らしの男性に関するニュース映像。
B「高知県スクールバス白バイ衝突事故」(最近の冤罪事件)
C世界人権宣言の映像版。(アムネスティインターナショナルがした制作したもの。)
D臓器移植法案成立時のニュース映像。(法案に賛同する側と反対する側の両者の状況が
対比されており、問題点がわかりやすい。)

4.活用にあたって留意したこと。
@アナログとデジタルとの融合。映像は導入や授業の途中など10分以内に抑え、新聞記事や教科書をメインとする。
A使用する場面を、十分吟味し映像の効果を高めていくようにする。
B憲法は権力者を縛るもの
  これは、憲法とは何かという点で立憲主義の常識であるとされている。しかし、この『憲法は権力者を拘束し、制限する規範である』ということは教科書でもほとんど強調されていない。私自身も、つい最近まで憲法は国民が守るべき規範であると捉えていた。
  だから人権教育にせよ憲法教育にせよ、人権を侵害する主体ないしその『担い手』が明確にされてなかったといえよう。人権問題が人間関係の問題に置き換えられて教えられている傾向にあることは否めない。
  憲法は権力者を縛るもの"という視点を常に継続しながら授業実践に臨みたい。

5.実践の流れ(憲法学習関連のみ

 

学習内容

主な内容・テーマ・動画、DVD

第1時

人権と日本国憲法

人権と人権侵害

第2時

人権の歴史

両立しない自由と平等、
社会権はどのように誕生したか。

第3時

日本国憲法の基本原理

大日本帝国憲法〜日本国憲法制定までの歩み
日本国憲法の基本原理

第4時

憲法前文と第1章

憲法前文を読んでみよう
象徴天皇制
矛盾する憲法第1章

第5,6時

日本の平和主義

憲法9条と自衛隊
日米安保と普天間基地の問題

第7時

基本的人権と個人の尊重

憲法11条、13条
DVD『憲法を観る』第1章
14条 法の下の平等

第8時

社会に残る差別

Youtube画像 部落差別の実態

第9時

自由権

自由権とは何か。自由権こそ憲法の根幹。Youtube画像「高知県スクールバス白バイ衝突事件」

第10時

社会権@

Youtube画像 「おにぎり食べたいと遺言して餓死 北九州市」
憲法25条生存権 
第26条教育権

第11時

社会権A

『車椅子少女、中学に行きたい』(新聞記事)の利用
労働基本権とは
DVD『憲法を観る』第2章後半

第12時

人権保障を確かなものに

参政権、請求権、
国民の義務

第13時

社会の発展と新しい人権

環境権、知る権利、自己決定権
Youtube画像『改正臓器移植法成立』

第14時

国際社会と人権

Youtube画像『世界人権宣言』
アムネステイインターナショナルが製作。

第15時

現代の民主政治と社会

民主主義とは
DVD『憲法を観る』第5章


※実践したクラス:鶴岡第二中学校 2010年 3年2組、3年3組、3年4組

6.具体的な実践例 ( 社会権の学習 2時間 )
(1)小単元名 人権と日本国憲法
(2)目標 憲法第25条と生きる権利について、現実の社会問題として捉えることができる。

【第1時】


【第2時】


※本校は3年前に校舎が新築され、同時に完全バリアフリー化された。現3年生には入学時より、肢体不自由の生徒がおり毎日車椅子で学校生活を送っている。国・数・社・理・英についてはすべての授業で他の生徒と同じように参加し、学習している。この新聞記事を通して教育条件や教育環境の良し悪しが教育の機会均等を左右することに気付かせたいというねらいもあった。
※この事例は、『憲法を観る』の地方自治の章でも取り上げられており、地方自治の観点から、再度この問題を取り上げることができた。

7.憲法・人権学習を終えて(生徒の感想から)

憲法25条、労働基本権について
○ まず思ったことは、憲法がすごく奥が深くて厳しくて、矛盾してること。一番関心を持ったことは、「勤労の権利」の部分で「ストライキができる」ということです。今の時代でも、ストライキなんてしたら,クビになると思います。だけど「クビになる」ということは、使用者も労働者も労働基本権を知らないということだと思います。
  今は「人民が守る憲法」になっていて「権力者を縛るための憲法」とではなくなってきていると思うから、ちゃんともう一度若い人達や頭の固いおじさん達が憲法を知った方が良いと思う。
○ 憲法25条で「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利がある」って書いてあるけど、最低限度の生活ができない人もいるっていうのは、おかしいと思います。今の時代、路上で生活している人なんて各地にいっぱいいるし、そういう人を見てるとかわいそうだと思いました。そういう人達のこともちゃんと考えてあげられたらなぁと思いました。

自由権について
○ 僕が興味を持った内容は自由権についてです。自由権というのは、生きていく上で必要な、自由に考え、自由に意見を述べ、自由に行動することを保証することです。
  独裁政権や軍事政権の国で見られる不当な逮捕や拷問、思想や意見の弾圧は決してあってはならないと、深く考えさせられました。
○ 私たちは普段から自由で平等に生き、また自由な発言もしてきました。格別驚くこともなく、いつもの生活が送れるのは、たくさんの憲法と権利で守られていたからなのだと思います。
  今回の学習では、今まで私の知らなかった権利や守っていかなければいけない権利などなどを知ることができて良かったです。

過去の歴史を踏まえて
○ 初め"憲法""人権"と聞いたときは、難しい内容だと思っていたのですが、思ったより内容は難しくありませんでした。自分たちの今の生活や今までの日本の歴史がわかっていれば理解できるものが多かったです。
  憲法の中で一番興味を持ったのは、第9条です。世界で唯一、原爆を投下された国、日本だからこそ伝えられる平和に対しての考えだと思う。人権については時代に合わせて、新しい人権がつくられていることを初めて知りました。それもまた、今までの失敗や反省を経てつくられてきたものだと思いました。
○ 今まで長い歴史があったことがわかりました。しかし、今も差別などの人権問題があるので、それをなくすにはどうしたらいいか考えたいと思いました。同じ国の人なのに、体に障害があったり病気だというだけで、学校に通えなかったり差別されている人達のことを知り、とても悲しくなりました。自分で選んで障害を持っているわけでもないのに、その人達にひどいことを言ったり、差別は絶対にいけないと思いました。また、部落差別についても驚きました。解放されてから何十年も経つのに、まだ苦しんでいることを初めて知りました。法律だけでなく、私たちの心を変えることが大切だと思います。

男女差別について
○女の人だけ就職できなかったり、家事をするのはおかしいと思った。「女なんだから料理を覚えろ」とか、どうして女だからって料理とか覚えなきゃいけないのかって思ってた。この前、集会の時にも先生に「女子は後ろに並びなさい。」って言われて、すごい差別されてるんだなぁと思った。

脳死による臓器提供について
○ 法律によって、「脳死は人の死」と定められました。が脳死になった子の親がそれを認めるでしょうか。僕の親は、僕が脳死になっても生かしておくと言っていました。しかし、脳死と認めることによって助かる命もあります。すごく難しいところだと思います。これも新しい共生社会の形なのかと思います。一人一人が他人のことを思い、考えていくことが大事だと思った。

憲法9条、そして改憲について
○ 日本の憲法は他の国からも絶賛されるほどなのだから、自信を持って、このまま変えてはいけないと思う。日本は唯一の被爆国なのだから、とくに憲法9条は絶対に変えてはいけない。「戦争」となると、人権という存在さえも危うくなってしまう。人々の人権を守るためにも、この憲法9条は変えずに、ずっと先の未来へも受け継ぐべきだ。
  同じ地球に住んでいる仲間なのに、どうしてこんなに『平和』は難しいのだろうか。
○ 日本の憲法を変えてほしくないと思いました。今の憲法にも足りないところもたくさんあるし、矛盾しているところが多いけど、憲法を「権力者が守るきまり」だということをわかっていない国民や政治家が、「国民が守るきまり」として変えてしまうかもしれないし、もしかしたらまた戦争が起こるかもしれないから、憲法は変わってほしくないと思いました。

8.おわりに
  生徒の感想を読むと、憲法学習にあたり、こちらが意図したことがかなり浸透していることが読み取れる。とくに「憲法を観る」やyoutube画像、新聞記事を活用したことは、「憲法を身近な存在にする」という点では、かなり有効であったのではないか。
  また、憲法学習に入る上で、土台としての近現代史の授業がいかに大切であることに改めて気づかされる。たまたまこの学年の生徒は、昨年4クラスすべてを私一人で担当させていただく機会に恵まれ、近現代史をしっかりと学んだ生徒たちである。さらに本校では、2年生の3学期に修学旅行で広島に行き、被爆者の方々との交流を続けている。こうしたことも憲法9条の大切さの理解につながっていると考えられる。
  今後も1,2年次の歴史学習を大切にしながら、憲法をより身近な存在にさせる教材の発掘に努めていきたい。

※本レポートは、2010年山形県教育研究集会「社会科学と教育」分科会において発表したものを、加筆・修正したものです。