教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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長野県の高校における一斉憲法・平和教育の展開
〜すべての高校生に憲法・平和学習を〜
2011年5月30日
 
宮下 与兵衛さん(長野県赤穂高等学校教諭)
 

1.長野県の高校における憲法・平和教育
  長野県の高校では、「核戦争3分前」と世界の科学者が警告していた1980年代前半に、高教組の提起によりすべての公立高校で校長を含む全教職員による「学校平和宣言」がつくられた。その取り組み以降、校務分掌に平和教育の係や委員会が位置づけられ、広島・長崎・沖縄への平和修学旅行が取り組まれてきた。教育文化会議の調査では、2004年度には90校中、沖縄で68校、広島か長崎で8校が平和学習をしている。
  また、ほとんどの高校で教育課程に5月の憲法学習と12月の平和学習とが位置づけられている。ここでは、イラク戦争が行われていた2003年と2004年にどのように憲法・平和学習が展開されたか見てみたい。2003年の12月に平和学習を実施したと報告のあった高校は60校、2004年の5月に憲法学習を実施したと報告のあった高校は71校であった。
  その内容は各校さまざまで、2003年平和学習では、「イラク戦争と自衛隊派遣」(14校)「イラク戦争の実態−劣化ウラン弾・クラスター爆弾」(2校)「12.8と太平洋戦争」(14校)などのテーマが多かった。「12.8と太平洋戦争」のテーマを扱ったところでは、イラク戦争についても触れている学校が多かった。この年の秋に元米海兵隊員アレン・ネルソン氏講演会を実施した高校は7校で、そのうち伊那北高校では「生徒が通訳し、多くの生徒が泣いていた」と報告されている。
  上伊那農業高校では学年別に沖縄戦体験者や被爆体験者の体験を聞き、高遠高校でも全校クラス別に戦争体験者の話を聞いていて、「生徒の聞く態度が大変良かった」と報告されている。
  大町北高校では、地元出身で慶應義塾大学から学徒出陣し、特攻隊員として戦死した自由主義者の上原良司(『きけわだつみのこえ』冒頭に上原の「所感」収録)について上原の妹さんの講演を実施した。この講演を聞いた女子生徒が上原の飛び立った特攻基地の知覧を訪れ、上原について研究し、現在は看護学校で学びながら、信濃毎日新聞の取材に対し次のように答えている。「上原の言った自由とは、自立することであり、人権を大切にすること。基本的人権や国民主権にもつながる憲法の精神でもある。戦争こそ基本的人権を無視している」
  上原の妹さんの講演は他の高校の憲法平和学習でも行われてきた。そして、上原没後60周年に行われた『上原良司と「いま」を生きる―わだつみのこえ60年』のつどいでは、上原の母校・松本深志高校演劇部による創作朗読劇「桜花、散る〜上原良司の遺稿から〜」の発表、松商学園高校放送部が上原についての九州での聞き取り調査など4ヶ月かけて制作したビデオ作品「いま飛びたとう、自由と愛のために」の上映、上原について研究してきた深志高校地歴部・松本県ヶ丘高校新聞部からの意見発表、戦時中の生活について母校の先輩たちからの聞き取り調査をしてきた豊科高校の発表が行われ、参加した人々に大きな感動を与えた。
  2004年の憲法学習では、「憲法前文と第九条」「自衛隊のイラク派兵と平和憲法」「憲法と日の丸・君が代の強制、処分」「憲法改正問題」「靖国神社参拝問題と憲法」などのテーマが多く、「ベアテ・シロタ・ゴードンさんの講演から学ぶ」「松代大本営について」「自己責任論と憲法」「平和・国際貢献について考える」「日本国憲法とコスタリカ憲法」などのテーマも扱われている。多くの学校がロング・ホームルームをつかいプリントで学習しているが、映画『日本の黒い夏』の鑑賞や、イラクで拘束された安田純平さんの講演なども実施された。
  安田さんの講演は、安田さんが信濃毎日新聞の元記者だったこともあり、その後、他校の文化祭などでも講演が企画されたが、憲法学習で実施した学校では講演をめぐっての論議が行われた。「安田さんからイラクの実態を聞く」という提案に対して、「自己責任論が問われている渦中の人の講演はよくない」、「世論も賛否に割れているから問題だ」、「保護者や世間から批判される可能性がある」などの反対意見が出され、職員会で2時間もの論議の末に実施することが決定されたということであった。この高校のように論議をすることが大切だと思うが、やりたいと思っても、社会的・政治的に問題になっていることについては扱わない方がいいということで自己規制している傾向が全国的にあると感じる。これは、憲法学習などの特設学習ばかりでなく、社会科の現代社会などの授業についても同じ傾向がある。アフガニスタン戦争、イラク戦争と戦争が日々続いているのに、「なぜ、社会科の授業でその戦争について触れないの?」という高校生の疑問は多い。社会科の教員に聞くと、「時間が経って、そのことについての評価が定まるまで扱えない」「アメリカのやっている戦争について考えさせるには国際法で考えさせないといけないが、国際法については自信がない」「偏向教育と批判されるかも知れない」などの不安があるようである。この傾向は「進学校」により強い傾向があるように思われる。改憲問題についても、今後、政治問題になればなるほど、その学習には自己規制が強まっていくと心配される。

2.辰野高校の憲法・平和学習−実生活から憲法を考える
  2004年の憲法学習では、テキスト『わたしたちの日本国憲法』(平和文化)を各クラスで読み合わせした後、新聞記事の補助資料を配付して意見文を書いてもらった。

  毎年、憲法学習はこのテキストを使用して、1年生は第1章の「学校に憲法と子どもの権利条約を」、2年生は第2章の「わたしたちのくらしと憲法」、3年生は第5章の「平和憲法−21世紀の羅針盤に」という内容で系統的に学習している。これは、社会科での学習がどうしても知識重視になるので、特設学習では実生活から憲法を考えていこうという目的がある。学校や職場、社会で実際に憲法が生かされていること、また実現されていないことを考えさせないと、子どもたちに憲法の大切さを実感させられない。「子どもの権利条約」についても同じことが言える。残念ながら「子どもの権利条約」をきちんと生徒たちに学習させている学校は全国的に少ない。
  補助資料はその時々のできるだけ話題になったことの新聞記事を使用している。配慮していることは、一般新聞を使うこと、憲法改正など意見の分かれている問題については賛成・反対の双方の意見を提示して、生徒に考えさせていることである。これは、平和教育に対する攻撃を招かないためばかりでなく、教員からの一方的な教え込みは間違っているからである。
  この時の補助資料は、2004年2月に宮崎県の女子高校生が「自衛隊派遣ではなく、平和的手段によるイラク復興支援を」という内容の首相宛の請願書と自分で集めた5千名余の署名を内閣府に提出したことと、それに対して小泉首相が「自衛隊の平和貢献を学校で教えるべきだ」、河村文科大臣も「法的根拠もあるのだから、事実に基づいて教えていただくことが大事だ」と発言したという新聞記事、その他、イラクでの人質事件の「自己責任論」を報じた記事、首相の靖国参拝に違憲判決がでたという記事、東京都の卒業式・入学式での教職員の処分を報じた記事を学年別に使用した。女子高校生の請願行動の記事はすべての学年で使用したが、どの学年でもこの記事についての意見文が最も多く、この高校生の行動に対して「やってもしょうがない」「やるべきでない」という意見は一人もなく、首相の態度に対する批判が多かった。

3.憲法を生かし、体験できる学校づくりを
  日本の若者は主権者・市民意識が低く、世界の若者たちと比較してイラク戦争反対などの平和行動への参加も極めて少ない。こうした現状と原因については『教育』2005年1月号で、法政大学の平塚眞樹氏が「社会は変えられない」という多くの大学生たちの意識状況を分析していて、さらに佐貫浩氏が憲法学習は知識の習得とともに「生活の方法として憲法的原理の価値を発見し実感するなかで、将来の生活においても、主権者として憲法的権利を行使し、民主主義の担い手として働いていくような価値意識と力量を獲得していく」ようにしなければならないと論じている。
  辰野高校では憲法・教育基本法50周年の年に、生徒会・PTA・職員会の三者で学校憲法宣言をつくり、三者による学校づくりのための三者協議会を発足させた。辰野高校の生徒たちは知識としての憲法・平和学習とともに、「三者協議会」と「フォーラム」を通じて「生活の方法として憲法的原理の価値を発見し実感」してきており、主権者・市民意識を育んでいる。
(拙著『学校を変える生徒たち〜三者協議会が根づく長野県辰野高校』平和文化・参照)

※本稿は、長野県高等学校教育文化会議発行の教文ブックレットNo.7「"改憲"YESorNO 高校生の選択 〜高校生の憲法意識調査と憲法の教育〜」(2009年2月発刊)に掲載された原稿を長野県高等学校教育文化会議のご了解の下、転載したものです。