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憲法教育と死刑制度
2010年8月27日
浅川 千尋さん(天理大学人間学部総合教育研究センター教授)
 

 大学の授業で、「憲法」という科目で死刑制度を扱っている。死刑制度に関しては、近年世論調査では実に国民の85%以上が賛成だという。これには、設問方法に問題があるという指摘もされている。また、制度自体が必ずしも知られていない現状も影響していると思われる。7月28日に千葉法相が、1年ぶりに死刑を執行して死刑制度に関心が高まっている。
  授業では、死刑制度を概観することから始めている。刑法で最高刑として死刑が定められている点、死刑判決確定から死刑が執行されるまでの流れなどを解説する。その後、死刑制度を巡って議論されてきた論点または議論されている論点を提示する。学生のなかには、死刑制度について中学・高校でデイベートをした者もいる。その一方で、執行方法が絞首刑であることすら知らない者までいる。
  論点は、まず刑罰の目的をどう考えるのか、応報刑および教育刑のどちらにウエイトを置いて考えるべきなのか。つまり、罪の償い方はどうあるべきなのか、加害者は命で償うべきであると考えるのか、それとも加害者を更生させて生きて償わせていくべきなのか。死刑制度は、凶悪な犯罪を予防または防止する機能を果たしているのか。被害者(遺族)の感情をどう満たすべきなのか。誤判(冤罪)によって無実の者が処刑されたら取り返しがつかないのではないか等。このような論点を提示して、学生に考えさせるようにしている。
  次に、憲法と死刑制度との関係を巡る論点を説く。憲法第13条で定められている生命権は、他人の生命を奪った加害者にも保障されるのかどうか。最高裁は、「人の命は、全地球より重い」と判示している。死刑は、「国家による殺人」であるという主張もされている。
生命権と死刑は、両立するのか矛盾しないのかどうかが論点である。憲法第36条では、「残虐な刑罰の禁止」が定められている。死刑は、残虐な刑罰ではないのかどうか。最高裁は、「死刑自体は残虐な刑罰には当たらないが、執行方法が人道上の見地から残虐性を有すると認められる場合」には憲法第36条に違反するとしている。絞首刑という執行方法は、残虐ではないのかどうか。このような論点を学生に考えさせる。
  さらに、国際的な比較をする。1989年に国連総会で「死刑廃止条約」が採択されたことや2007年には、国連総会で「死刑執行停止条約」が採択されたことを指摘する。また、EUでは「死刑廃止」が加盟条件になっていることやヨーロッパ・南米を中心に死刑を廃止している国が100カ国以上あることを資料と共に提示する(2009年4月時の段階)。そして、なぜ死刑は廃止されたのかその理由を説明する。その理由は、以下の通りである。第1に死刑廃止はその抑止力に対する疑念の高まりを重大な要因としてもたらされ、実際にも死刑廃止が凶悪な犯罪の増加をもたらさなかった。第2に死刑廃止は、人権を擁護する主張の高まりによってもたらされた。とくに、生命権と死刑とが両立しないことが認識された。第3に死刑が廃止されることによって死刑を支持する世論が減少した。第4に死刑存続か廃止かをめぐる議論が本格的に行われることにより、死刑廃止論の論拠が正当に理解されるようになった。
  これらの議論・論点を踏まえて、学生からアンケート(無記名)を採ることを始めている。昨年度のデータを簡潔に紹介しておきたい。設問は、1死刑制度についてどう考えますか、(1)存続すべきである (2)どちらかというと存続すべきである (3)廃止すべきである (4)どちらかというと廃止すべきである (5)どちらともいえない 2 理由・根拠を書いて下さい 3 死刑制度について、この授業で新たに知り得た知識はどのようなものですか
以上の3つの設問を用意してアンケートを採る。
  昨年度のあるクラスの結果を挙げておきたい。死刑制度存続(どちらかというと存続も含めて)54名、死刑制度廃止(どちらかというと廃止も含めて)27名、どちらともいえない15名であった。紙幅の関係で詳細な分析等は、差し控えたいが、最後に学生が授業を通して新たに知り得た知識の一部に触れておきたい。「ヨーロッパなどで死刑制度が廃止されていること、想像以上に死刑廃止国が多かったこと、存続・廃止論がこれほどまでなされていること、絞首刑で執行されること、死刑は復讐のためではなく国家が代行しているということ、1990年から1993年3月まで死刑執行が停止されていたこと、国連で死刑廃止条約が採択されていること、加害者にも生命権があるという考え方、死刑と凶悪な犯罪との因果関係が必ずしも明らかでないこと」。
  死刑制度については、結論よりも理由・根拠が重要であると学生には口を酸っぱくして言い続けている。存続・廃止という二項対立に陥るのではなく、なぜ廃止すべきなのか、なぜ存続すべきなのかお互いの根拠・理由を理解し合い、また歩み寄れる妥協点はないのかを探りながら、客観的なデータに基づく正当な議論が本格的になされるべき時期に来ている。

 
【浅川 千尋(あさかわちひろ)さんのプロフィール】

1991年3月 大阪大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学(公法学専攻)
現在、天理大学人間学部総合教育研究センター教授