教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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子どもの人権と大人の役割
『えほん日本国憲法』を読んだ子どもの声から
2010年9月6日
野村まり子さん(『えほん日本国憲法』作者)
 

 今年の2月、拙著『えほん日本国憲法』を使って、6年生に憲法の授業を行った、自由学園初等部の中村校長先生に、その結果をうかがう機会がありました。昨年に続き二回目の授業となる今年は、事前に予備知識をあたえる学習はせず、5時間の授業の初めに各自で絵本を読み、それぞれに気になったことを調べてまとめるという進め方で行われています。結果は、子どもたちの要望で、本(冊子)の形式にまとめられ、それを見ると、子どもたちの関心は9条にあるだろうという先生の事前の予測に違い、「人権」を選んだ人の割合が多くなっていました。中には条文と現実とのギャップを指摘する鋭い意見もあり、また、「自分のことは自分で決めてよいと知ってほっとした」という記述もあって、「子ども」の置かれている立場が伝わります。おとなの感覚による予想とは違っていたことに、「子どもたちが、人権弱者であることに気づかされた」という先生のことばが印象に残りました。

 世界の中で、日本は経済的に豊かで、平和な国と位置づけられながら、子どもたちの「自己肯定感」や「幸福度」が低いという調査結果を新聞報道などで目にします。裕福で平和に見える「日本」という国が、実はどういう状況を内部に抱えており、それがなにによるものなのか、人権弱者の子どもたちの反応を通しても見えてきます。
  多くの子どもたちの日常が、日々こなさなければならない課題に追われ、自発的な関心や興味で動く時間が短縮される、あるいは許されず、満足感も自己肯定感も少ないままに過ぎていると感じます。また、大人によって尊厳を完全に奪われ、傷ついた子どもたちの存在もあります。子どもたちの社会は、大人の世界をそのまま映しているといえ、まずは大人が、自らの価値観を大きく転換させることが求められます。うわべの教育改革などではなく、個を尊重し、生きることを支える社会を目指し、子どもが一人の人として大切にされる、人権後進国の汚名を返上するような、本質的な社会の変革を試みなければ、どんな制度をもうけても破綻します。憲法教育・法教育はその変革の一環としてあると思います。かけがえのない存在である「個人」の尊重をもとに、一人ひとりの自由と権利の保障を目的とする憲法の、本来的な意味を子どものときに学び身につけることは、理不尽な人権侵害などにあったときの判断のよりどころとなります。もちろん、仲間がいるあるいは理解者が寄り添うことが最大の支えであると思いますが、自分自身の尊厳を維持できる、ゆるぎない根拠のあることも支えとなります。そして、それはめぐりめぐって「市民」を育て、より豊かな人権の実現を目指す社会変革に結びつくのではないでしょうか。

 最近、地域の「市民活動」を通しての、民と官の話し合いに参加しています。それは、印刷機使用の際、原稿の事前チェックが厳しくなり、使いづらくなったので見直すようにというものです。ルール強化の理由は「色々な市民」に対応し、公の施設として責任を果たすためということですが、そのためには数日原稿を預かる場合もあり、その可否判断の対象の事項には「政治的なもの」という文言もふくまれています。そこで、市民から「検閲」に
あたり、「表現の自由」の侵害であり憲法第21条に違反していることや、規制によって秩序を保とうとすることは、市民活動の萎縮をまねき、民主主義を後退させるものでしかないと、見直しが求められたのです。その話し合いの中で分かったのは、市側の「市民」定義が「善良な社会活動を行う在住、在勤者」であって、「主権者」ではなかったということでした。しかも、市民にもそういう考えを支持する人たちがおり、未だに民と官の関係は、「恩恵」と「目こぼし」なのか?と感じてしまいます。

 憲法制定から63年経ちますが、その本来的な力はなるべく伝えないようにされてきたようで、私のささやかな経験からも、おとなが憲法のことをあまり知らないと感じます。「自由」はまちがって使われ、「権利」・「人権」ということばは硬いと敬遠されがちです。どんなに便利な道具でも、なにであるかを知らなければ、良さも使いようも分かりません。法教育の重要性も、「規範教育」として行われれば、その重要性は支配したい人たちにとってのことでしかなくなります。これだけの憲法をもち、まだまだ自分たちの手でしっかり獲得する機会が残されている今、人権をキーワードに、身近なものとして憲法を子どもたちに伝えることは、今を安心して過ごすためだけでなく、社会を、自分たちのために、自分たちで作ることができるのだという未来につなぐ希望を伝えることにもなります。それは、日本国憲法に愛着をおぼえた大人の、最低限の義務のように思います。憲法のことをほとんど知らなかった私が絵本を著したのも、自分にできることを考えた結果でした。

 
【野村まり子(のむらまりこ)さんのプロフィール】

1949年、高知県高知市生まれ。
アニメーションの作画から、おもに科学物の児童書、雑誌などの挿し絵の仕事にたずさわる。