教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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主権者教育としての憲法教育に向けて(その2)
2010年9月27日
池田賢市さん(中央大学文学部〔教育学専攻〕教授)
 

 さて、先のアンケートの3つめの問いに対して、基本的人権や国民の自由を挙げてくれた学生もいました。これは立憲主義の理解にとって重要なのですが、問題は、そのことが具体的にイメージできているかという点です。これは、えん罪の問題とも関係する重要な事項です。憲法学習は抽象論で終わらせてはならず、つねに具体的に思考することが求められます。たとえば「人権」を英語で表すとどうなるか・・・。ヒューマン・ライツ、つまり「複数形」です。ということは、数えられるということ、ひとつ、ふたつと指し示すことができる具体的現象だということです。けっして「仲良くしましょう」とか「他者を尊重しましょう」といった抽象レベルで済む話ではありません。具体的でしかあり得ない人権問題を、その具体に即して考える、憲法を教育するとはこのようなことだと思います。
  そのためには、感覚を磨くことが重要になります。誤解される言い方になりますが、「人権侵害」が目の前で客観的に、そのものとして生じることはありません。起こっているのは、たとえば「女性だから部長にはさせない」といったような現象であり、それを人権問題として見るかどうかはこちら側の問題です。そのままスルーしてしまう人もいるでしょう。しかしそこで「なんか変だ」と感じる力が必要であり、このような力が民主主義を支えているのです。日本は、日本国籍者であり、男性であり、健常者である者が自由に暮らせる社会だという声を聞いたことがあります。核心を突いていると思います。
  このように考えてくると、憲法教育はけっして学校のなかだけで完結するものではないことがわかりますが、また同時に、やはり学校に期待することも大きくなります。いま、学校では、「法教育」が実施されようとしています。すでに多くの実践も紹介されています。法教育とは、「法律専門家ではない一般の人々が、法や司法制度、これらの基礎となっている価値を理解し、法的なものの考え方を身につけるための教育」とされています。しかし、実態としては、単に「ルールを守りましょう」といった道徳教育に近い内容で理解されたり、あるいは「紛争解決」教材を用いた話し合いの授業として展開されることが多いと言えます。法教育は、法の基礎にある考え方や価値を学ぶものですから、法の支配、立憲主義に立つ日本国憲法に基づくものでなければ意味をなしません。この原理に基づいてこそ、さまざまな人々が互いに人権を保障しあい、共生できるのであり、法形成も含めた社会づくりに主体的に参加し、そこに問題があるとわかれば社会の変革の担い手になり得る力を育むことができる。つまり、主権者教育ということになります。そして、具体的実践の基盤となるのは「人権」です。「ルールを守りましょう」といういわば規範意識の涵養は、法教育の目的ではありません。あえて言えば、なんのためにそのルールがつくられたのか、その方法で問題が解決するのかといった視点があってはじめて法教育となるのです。
  ひとつ教材を示します。「ペット飼育可のマンションで、犬の声がうるさいなど近所同士でトラブルが発生している、どうすればよいか。」ペットを飼っている人だけのフロアーをもうける、ペットのしつけをしっかりさせる(させない場合は出て行ってもらう)などの解決方法が想定されていて、子どもたちはそれぞれの立場から話し合いを行います。そのなかで、ひとりこんな発想をした生徒がいました。「ペット飼育可でありながら鳴き声が簡単に漏れてしまうのは、建築上の問題(壁が薄いなど)ではないのか」と。つまり、建築許可における行政上の問題としてとらえたわけです。とても重要な視点です。なぜなら、問題を住民同士の問題として個別化・矮小化せず、また自己選択・自己責任論のように個人の努力によって解決させるという方向ではなく、問題状況を社会全体のなかで構造的に考えようとする芽があるからです。安心・安全に暮らす権利が社会的にどのように保障されているのかいないのか、保障されていないとすれば、どうやって解決していけばよいか、このような問いが立てられる力の育成が、主権者教育としての憲法教育だと思います。

 
【池田 賢市(いけだ けんいち)さんのプロフィール】

1962年、東京都足立区生まれ。筑波大学大学院博士課程教育学研究科中退。盛岡大学文学部(児童教育学科)講師、中央学院大学商学部(教職課程)助教授を経て、現在、中央大学文学部(教育学専攻)教授。博士(教育学)。
大学では、国際比較教育学、教育制度・行政学などを担当。
専門は、フランスにおける移民の子どもの教育政策。1993〜94年、フランスの国立教育研究所(INRP・パリ)に籍を置き、学校訪問などをしながら移民の子どもへの教育保障のあり方について調査・研究。最近は、インクルージョンに舵を切ったフランスの障がい児教育制度改革についても検討している。
著書として、『フランスの移民と学校教育』(明石書店)、『世界の公教育と宗教』(共著、東信堂)、『教育格差』(共編著、現代書館)、『法教育は何をめざすのか』(編著、アドバイテージサーバー)など。