教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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憲法教育は《言行一致》で(その2)
2010年10月11日
斎藤 周さん(群馬大学教育学部教授)
 

人権って何?

 憲法が人権保障のためにあることを理解したとしても,肝心の「人権」が何であるのか,誰のものであるのかを理解できていないと,憲法を学ぶ必要があるとは感じられないでしょう。
  私の授業では,人権総論として,「人権とは自分のことは自分で決めていいということだ」と強調します。そして人権各論として,家族とジェンダー(婚姻適齢,夫婦別姓),長時間労働と過労死,権利としての教育,死刑制度,冤罪(足利事件など),ビラ配布と表現の自由(立川事件など)といった問題を順次取り上げます。これらは,憲法の保障する人権が実際には確保されていないのではないか,ということを考える素材になります。また,人権侵害者が国家(権力者)であることを知る素材ともなります。
  ところで,学生たちは,小中学校等で,社会科の時間のほかに「人権学習」を経験しています。この「人権学習」においては,往々にして「思いやりの心を持ちなさい」,「人を差別してはいけません」,「お年寄りに親切にしましょう」といったお説教(命令)がなされます。人権というよりも道徳が語られているように,私には思えます。
  注意すべきは,ここでは,学習者(子ども)が潜在的な人権侵害者と位置づけられている,ということです。憲法が国家(権力者)を潜在的な人権侵害者と位置づけているのと対照的です。お説教型人権教育は,個人と国家の間の問題としての人権を個人間の問題であるかのように話をすり替え,潜在的な人権侵害者としての国家を免罪します。ひとりひとりの学習者が自らを人権主体であると捉えることを,できにくくしてしまいます。
  だとすると,自らを人権主体と認識すること,他人事としての人権から自分自身の問題へと捉え直すことが必要であり,そうすることで「人権とは何か」がつかめるでしょう。これが,憲法を学ぶ必要性を認識するための残り「半分」です。

憲法教育に求められる《言行一致》

 憲法教育の目的は,子どもたちが憲法の条文を暗唱できるようにすることではないはずです。憲法教育は,学習者(子どもたち)が人権主体として成長すること,民主主義社会の担い手として成長することを,目指しているのではないでしょうか。さまざまな知識も,そのためにこそ必要です。たとえば,条文は,自らの人権を主張する手がかりになります。
  ただ,知識だけでは足りません。自分を大切と思えない人にとっては,人権なんてどうでもいい話です。そこでまず第1に,人権主体であるためには,自らの大切さ,自らの存在のかけがえのなさを実感できていなければならないでしょう。そのためにも,学校教育の場では,子どもたちひとりひとりを大切にしなければなりません。子どもの権利条約の視点が必要です。子どもに対する権力者としての教員が子どもたちの人権を侵害していては,憲法教育も意味を失います。体罰などもってのほかですし,子どもの意見に耳を傾けることも必要です。何ら説得力ある理由を示すことなく,「ルールだから守りなさい」と子どもの自由を奪う校則を押しつけていて,憲法教育が成り立つでしょうか。
  第2に,人権についての知識があっても使った経験がなければ,うまく行使できないかもしれません。学校教育において,人権行使(自己主張,自分のことは自分で決める)の機会を提供することが,人権主体を育てることにつながるでしょう。また,民主主義社会の担い手を育てるためには,子どもたちのことは子どもたちの話し合いを通じて決める経験を積ませることが有益でしょう。
  反対に,条文暗記型の憲法教育は,子どもたちをかえって憲法から遠ざけてしまいます。内容も覚える必要性もわからないままに暗記させられることは,苦痛でしかありません。わざわざ子どもたちを憲法嫌いにしているようなものです。これで,教育への権利(憲法26条)が子どもたちに保障されていると言えるでしょうか。
  お説教型人権教育も同じです。お説教をされてうれしい人はあまりいないでしょう。それでも,正論であるだけに,子どもたちは反論せずに受け入れるしかありません。こうして,人権という話題は,子どもたちにとって抗いがたい窮屈な話になってしまいます。
  条文暗記型憲法教育も,お説教型人権教育も,子どもたちを(つまりは国民を)憲法・人権から遠ざけることで,権力者を喜ばせるだけです。それでは,憲法教育・人権教育としての役割を果たせません。憲法尊重・人権尊重が口先だけになっています。
  まずは,子どもたちひとりひとりを独立した人格をもつ存在として大切にすることから始めたいものです。

 
【斎藤 周(さいとうまどか)さんのプロフィール】

群馬大学教育学部教授
研究領域は,労働法学,ジェンダー法学。
授業は,「日本国憲法」,「子どもの権利論」,「法律学概論」,「ジェンダー論」等を担当。
URL:http://www.edu.gunma-u.ac.jp/~saito/Welcome.html