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「個人の尊重」を伝える−「何かを大切に思う気持ちに違いはないこと」(その2)
2010年11月8日
神坪浩喜さん(仙台弁護士会法教育検討特別委員会副委員長)
 

では、自分とは異なる価値観や考え方を受けとめるために必要なことは何でしょうか?

二つあると思います。
一つは「想像力」です。相手が大切にしているものを知ろうと想像することです。
自分とは違う考え方の人がいるということ、自分の考えだけが絶対ではないということをふまえて、相手の立場に立って考え、相手にも大切に思っている何かがあるということを想像することです。

二つめは、しっかりと相手の意見に耳を傾けることです。言葉を通じてお互いの考えをよく知り合うということです。

法教育授業では、人はみな違っていること、自分の考えとは違う考え方があること、そして違う考え方の人の立場を想像することが大切であるということを体感してもらうために、様々な価値観がぶつかり、はっきりとした正解がないような問題を、生徒さん同士の議論を通じて、生徒さんに考えてもらいます。そして、自分以外のいろいろな意見を聞いた上で、自分なりに考えた意見を発言してもらいます。

一つ例をあげましょう。仙台弁護士会では、毎年夏に中高生対象にジュニアロースクールを実施していますが、平成22年度は、高校生を対象にした法教育授業では、エホバの証人信徒輸血拒否事件(最高裁平成12年2月29日判決)を題材としました。

信教上の理由から輸血をしないでと頼んでいた患者と患者の命を救うために輸血に踏みきった医者といった当事者役が登場し、生徒さんに、自らの主張や心情をせつせつとうったえてもらいます。生徒さんは、当事者約の主張をよく聴いてもらって、患者から医者への慰謝料請求が認められるかを生徒さん同士で討論し、考えてもらいました。患者、医者、それぞれの立場があり、価値観があり、意見があります。その当事者役の声を生徒さんに聞いてもらって、それぞれの立場があること、それぞれの価値観があること、それぞれ大切にしているものがあるということを体感してもらい、その上で、生徒さん自身に考えてもらいました。裁判官でも判断が分かれた正解のない問題を考えてもらいました。

人は、往々にして自分の価値観を中心に、ものごとを判断していくものであり、自分と違う価値観についてはなかなか理解できないことも感じてもらいました。

自分と違う価値観は、その人の意見をしっかり聞くこと、そしてその人の価値観を意識して想像してみなければわからないものです。

患者さんは、命を助けてもらったのに医者を訴えたというものであり生徒さんにとっても理解しにくいものだったようです。命より信仰を大切にするなんて、よくわからない。医者に命を助けてもらったのに、輸血しないことにこだわって命の恩人のお医者さんを裁判で訴えるなんて、一体どうして?

でも、患者さんの、「輸血を絶対にしないで欲しい」という言葉の背景には、患者さんにとっては、自分が人として生きる上でとても大切にしているものがある訳です。命と同じくらい、時には、命以上に大切に思っているものもあるのです。

自分と違う価値観、特に相手の考えが少数なものであったとき、その価値観の存在を受け入れることは、本当に難しいものです。想像力を一生懸命働かせる必要があります。相手の言葉に意識的に耳を傾け、分かろうと努力する必要があるのです。

この授業を実際に担当した城晶紀弁護士は、授業の終わりにこう締めくくりました。
「その人の判断を尊重するというのは簡単ですが、しかもそれだけ聞くとそのとおり実行するのも簡単なように感じてしまいますが、その判断が、自分の価値観とはかけ離れたものであったり、自分の価値観と衝突するようなものであったりすると、人は、なかなか、その価値観や考えを尊重してあげようという気分にはなれないものです。
  でも、自分にはその考え方は理解できなくても、自分に大切にしている価値観や信念があるのと同じように、その人にとってはその価値観や考え方が大切なのだということ、自分と相手の大切にしているものの中身が全く違っていたとしても、何かを大切に思う気持ちに違いはないのだということがわかれば、異なる個性、異なる価値観をもった人達が、互いに傷つけ合うことなく、一緒に生きていけるのではないかと思います。」

そうです。「何かを大切に思う気持ちに違いはない」のです。

憲法を頂点とする一連の法は、いろいろな価値観、考え方の人がいる中で、人々が共に幸せに生きることを目指すものです。共に幸せに生きることを実現するためには、人がお互いに傷つけあうことや争いごとを減らすことです。そして、「何かを大切に思う気持ちに違いはない」ということが、一人ひとりの心の中に落とし込めたならば、将来、今より、きっと争いごとは減り、人といがみ合わず人は人の中で自由に自分らしく幸せに生きることができるのだろうと思います。

「一人ひとりをかけがえのない存在として大切にする社会」それは、すなわち憲法がうたう「個人の尊重」が人々の心に根付いた社会です。そんな温かな社会になっていくといいと思っています。

だから、これからも私は、憲法がうたった「個人の尊重」を子ども達に浸透させるために法教育をやっていこうと思っています。

 
【神坪浩喜(かみつぼ ひろき)さんのプロフィール】

1968年 福岡県北九州市生まれ 東北大学法学部卒
2000年 仙台市で弁護士登録
2005年 あやめ法律事務所開設
仙台弁護士会法教育検討特別委員会副委員長、日弁連市民のための法教育委員会副委員長、仙台簡易裁判所民事調停官
「個人の尊重」を世に広めるべく、法教育活動を実践し、「法と幸せ」をテーマにしたメールマガジンを配信している。