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「憲法」と立憲主義を隔てる果てなく高き壁“憲法教育に必要な努力”
2010年11月15日
田村理さん(専修大学法学部教授)
 
教育勅語と日本国憲法
 
「憲法教育を考える」に登場なさった方々も憲法は国家を縛るための法であること、すなわち立憲主義が理解されていないと指摘しています。「憲法」は国民が国をあげて目指すべき「徳」と考えられてはいないでしょうか。「孝行」「博愛」「公益世務」「遵法」「義勇」等の徳目を掲げた「教育勅語」のように。
  だから、「憲法」教育は立憲主義教育と同義ではありません。例えば、他者への思いやりこそ憲法13条の「個人の尊重」であり、人権の本質だと教えることを「憲法」教育と考える人もいる。国民を守ってくれるお国のために命を捧げる義務を憲法に掲げ、教育することを「憲法」教育と考える人もいるはずです。


立憲主義の存在意義…公権力の特質
  憲法は公権力を縛る法であると説かなければならない理由の一端を最高裁判所は鮮明に示しています。私企業も思想の自由、法の下の平等を定める憲法を守る義務がある否かが争われた、かの有名な「三菱樹脂事件判決」でのことです。
  「一方が権力の法的独占の上に立って行なわれるものであるのに対し、他方はこのような裏付けないしは基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優劣の関係にすぎず、その間に画然たる性質上の区別が存する。」(太字は引用者)
  私人間の支配関係と公権力の統治行動は、「同一の基準や観念でこれを律するとはできないことは、論をまたない」ほど「画然」と性質が違うのです。だから、権力=暴力を法的に独占する公権力の干渉を排除して=自由に個人が生きるための道具が必要であり、それが憲法だ、と考えるのが立憲主義です。しかも「画然」と違う性質を混同してしまえば、私人間に生じたトラブルの解決を期待されるのは他ならぬ公権力です。だから、憲法の役割を公権力のコントロールに限定する必要がある。これらの必要性に共感できるか否かが立憲主義教育の要なのですが……。

立憲主義教育の難しさ
  一般論としては立憲主義を熱心に語ってきたはずの憲法学でさえこれらに共感するのは容易ではありません。その証拠に、三菱樹脂事件最高裁判決を、憲法規定は私人間にも間接的に適用されるとした判例と捉えるのが通説です。憲法第三章の自由権規定は「もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものである」(太字は引用者)と判例が述べていてもなお、です。
  お利口な憲法学者は言うでしょう。「直接適用されるなんて言ってない」と。でも、彼の文章を読んだ多くの人は安心するのです。
  「そうだよね、三菱樹脂も憲法守らなきゃ。私企業だって政治信条で人を差別したら憲法違反だよね」。
  こうして憲法は「教育勅語」と化したのです。憲法の専門家でもこうなのだから、立憲主義に共感し、それを教えることはとても難しい仕事です。

「果てなく高き壁」を超えるには?
  企業だって人を政治信条で差別してはいけないにきまっている。人を思いやる心がどれほど大事かも痛いほど知っている。それでもこれらは憲法問題、人権問題ではない。「暮らしに憲法を!」「基本的人権を尊重し、部落差別をやめよう!」そんなスローガンをかかげた運動さえも(その目指す価値に深く共感しても)憲法の理解を誤っていると説かなければならない。しかも憲法を使うべき場面を極端に限定し、「憲法」を大切にしてくれている人たちの熱い思いを否定することになりかねない。それでもこんな努力が必要だとすれば、憲法の教育に熱意を持つ僕たちにとって、これは乗り越え難いほどに高い壁かもしれません。
  まずは、それでも「果てなく高き壁」を乗り越える必要があることを証明しなければなりません。黙っていれば、検察は証拠を改ざんし、政府はアメリカとの密約をメディアに指摘された上に相手国で証拠が開示されても否定し、年金を取るだけとって記録を満足に保存していないことを棚に上げて給付を拒否するのですから。
  他にもやるべきことは山積みですが、それをきちんと示すには多くのスペースと時間が必要です。今は、「果てなく高き壁」は憲法を教える僕たちの内にあること、だからこそ僕たちの力で乗り越えられることだけを強調しておきたいと思います。
 
【田村理(たむらおさむ)さんのプロフィール】
 1965年新潟県柏崎市生まれ。明治大学法学部卒業。一橋大学大学院法学研究科博士後期課程修了。福島大学行政社会学部助教授、専修大学法学部助教授を経て、2007年から専修大学法学部教授。専門はフランス憲法史。
  憲法の思想や制度が、生身の人々にどの様に受け止められたのか、受け止められるべきなのかを研究。
  著書に『フランス革命と財産権』、『投票方法と個人主義……フランス革命にみる「投票の秘密」の本質』(以上、創文社)、『国家は僕らをまもらない』(朝日新書)、『僕らの憲法学……「使い方」教えます』(ちくまプリマー新書)がある。