教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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〈人間教育〉の中の「憲法教育」〜実践のための手がかり〜
2010年11月22日
今野健一さん(山形大学人文学部教授)
 

 (1)もどかしく思うことがあります。勤務先の大学で憲法の演習(ゼミ)を開講しているのですが、ゼミの学生たちと私との間に微妙な温度差があるようなのです。グループ研究に熱心に取り組む学生たちの、解釈学説・判例を丁寧にフォローする研究手法は、オーソドックスなものです。ただ、ややもすると憲法学の基本書をなぞるだけの発表にとどまってしまうので、〈専門演習でそれでは勿体ない、もっと他領域に越境しよう〉と私は言うのですが、学生たちは狭い意味での憲法論の枠組みをなかなか離れようとしません。

 (2)早期化する就職活動の負担と大学での勉学とを折り合わせるための「省力化」という便宜的な理由によるのかもしれませんが、より本質的な問題が伏在しているように思います。学生(全般)に接して強く感じるのは、そもそも、憲法問題、広くは社会問題への関心の度合いが決して高くないということです。問題の背景に深く分け入ろうとする学生は少数派です。また、近現代史の知識は決して十分とは言えない上に、憲法現象を歴史的な文脈から見据えようとする意識が希薄である点も大いに気にかかります。

 (3)このような、日々の大学教育で感じていることも踏まえつつ、以下に、中学・高校で行われる憲法教育・憲法学習に期待する事柄を幾つか述べたいと思います。
 第1に、憲法の教育は歴史教育との深い結びつきの下に行われることが望ましいと考えます。憲法現象の歴史的背景の理解を欠くならば、憲法学習は十分なものとはなり得ません。生徒にとって憲法は生まれたときから当たり前に存在するものですから、〈与えられたもの〉と受け止められがちです。だからこそ、生徒が〈自分たちの憲法〉として主体的に理解し受け止め、血肉化するための学びが求められます。この点で、手薄になりがちな現代史(戦後史)の学習を是非充実させるべきです。同時代史を扱うことには困難もあるでしょうが、憲法・政治領域に限らず、経済・社会・生活・文化等の分野からもトピックを拾い上げて、問題の認識と解決に資する歴史理解の手がかりを提供したいところです。
 第2に、憲法や社会への関心を呼び起こすために、生徒に憲法・社会問題を自分の問題として引き受けさせる工夫を凝らすことが必要だと思います。生徒の生活の中から問題を探し出させること、教師が具体的な課題を設定して生徒に徹底的に調べさせること、苦しみを味わった(味わっている)人々の証言・体験に触れさせることなどが考えられます。身のまわり(家族・友人・地域)に注意を向け、自らの頭で考え、自らの身体を使って調べることで、きっと関心が喚起されるものと思います。また、他者の受苦・痛みに人間的な共感を覚え、そこから能動的・主体的思考へと発展していくという道筋を辿ることが期待されます。
 第3に、「憲法問題」とは何かを考える視点を問題にしたいと思います。憲法の条文だけに参照基準を求めるのでは、十分な学びを生み出すことはできません。例えば、人権を求める叫びは、憲法の任意の条文から流れ出してくるものではなく、公権力による不当な取扱いへの怒りやプロテストとして沸き起こるものであり、その救済の手がかりとして憲法が援用されるのです。ですから、議論の出発点は憲法の条文ではなく、具体的な人間(個人であれ集団であれ)の「人間としての尊厳」の承認を求める訴えであるはずです。憲法条文中心主義には、憲法のポテンシャルを低下させるとともに、憲法が抱える限界への自覚を弱めることになるという問題があると思います。
 第4に、憲法教育はグローバルな市民性教育(シティズンシップ教育)の方向へ展開していくべきものでしょう。そもそも「人類普遍の原理」(憲法前文1項)の実現を志向することが憲法教育の任務の一つであるはずですから、国家の枠組みに拘泥し、国籍による国民共同体への帰属を基準として市民性を構想すべきではありません。国際人権規約や女性差別撤廃条約、子どもの権利条約など数多くの国際人権条約が採択されて、日本を含めた世界各国を国際法的規律の下に置いています。また、地球温暖化などの環境問題は国境を無意味化し、もはや人類の存亡にかかわる問題と意識されてきています。今後ますます、国際社会の形成者たる市民の育成、グローバルな市民性の育成が、憲法教育の課題となることでしょう。

 (4)最後に一言。憲法教育は、確かに重要ではありますが、他の教科と比べて当然に優越するとか、「上から」強行されてよいなどというものではありません。憲法教育を「格上げ」する考え方は、教育の政治的利用と紙一重の位置にあります。大事なのは、所与のものとしてある憲法それ自体ではなく、1回限りの私たちの生そのもののはずです。かけがえのない個人の生が権力によって脅かされることへの抵抗の拠点として意識されるからこそ、憲法の価値が承認されると理解したい。特権的・権威的な「憲法教育」ではなく、〈人間教育〉の中の「憲法教育」であるべきだと考えています。

 
【今野健一(こんのけんいち)さんのプロフィール】
山形大学人文学部教授 憲法学・教育法学
著書:『教育における自由と国家−フランス公教育法制の歴史的・憲法的研究』(信山社、2006年)