教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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中学校での憲法教育に期待する
2011年1月3日
宮尾 耕二さん(弁護士)
 

 「憲法で自由なんか保障するからいじめが起きるのでは?」…これは、とある公立中学校で受けた質問である。皆さんならどう答えますか?

 私が「憲法」の世界に深入りするきっかけとなったのは2005年の日弁連人権擁護大会であった。自民党「新憲法草案」が発表されるまさにその瞬間に、日弁連としての意見表明をする…そのプロジェクトの一員として、仕事をさせていただいた。
  1年の準備期間を経て、日弁連は、憲法の基本理念=「立憲主義」の重要性を明らかにし、「現在の改憲論は憲法の基本理念に反する」と結論づけた(※1)。そして、幸いなことに、私自身が学んだ内容を冊子として発行することをお許しいただいた(※2)。
  今読み返すと不十分な点も多いが、「個人主義」と「法の支配」の理念こそ立憲主義の核心をなすもので、「新憲法草案」をはじめとする「全面改憲論」はそれを骨抜きにするものであること、焦点の「9条改正」についてもその狙いが国際法違反の「集団的先制攻撃」を実現することにあること…を、コンパクトに紹介できたのではないかと自負している。

 だが、この議論は、一般市民にはいささか難解である。では、一般市民がどこで憲法を勉強しているか? それは小中学校、特に中学校である。しかし、愚息から伝え聞く限り、「公民」の授業で習う憲法はテスト対策の「暗記物」に過ぎない。そんな授業を受けた子供達が、憲法を「タテマエの集大成」と感じても無理はなかろう。
  しかし、そのような子供達が大人となり、社会を支える市民となったとき、憲法は危ない。だからこそ、中学生に対する憲法教育を変えなければならないと考えた。

 だが、それには、教材が必要である。そこで、私は、奈良弁護士会の仲間と一緒に、「新しい憲法の話」の「21世紀バージョン」を作ろうと思い立った。そして、子供達にも広く読まれている「世界がもし100人の村だったら 」という絵本を参考に、奈良弁護士会の仲間達と一緒に「憲法絵本」作成にとりかかった。
  この作業には生活協同組合の主婦たちや、同組合で活躍されているイラストレーター(星野氏)にもご協力いただき、2008年1月、「絵本」=「憲法って、何だろう?」が完成した。
  その出版にあたり、奈良弁護士会は、奈良市教育委員会を通じて、市内の教育関係者及びマスコミ関係者を招待し、「出版記念パーティ」を開催した。その場での反応は、予想に反して(?)上々で、その場で「生徒達に読ませるので○百部欲しい」といった発言が相次いだ。実は、小・中学校の現場では、「憲法」をどのように教えたらよいか困っていたのである。大事なテーマだが、授業時間は少ない。先生自身も深い知識を持っている訳ではない。「絵本」の出版は、渡りに船だった訳である。
  幸い、この冊子は現在でも好評を得ており、奈良弁護士会と日弁連双方合計で7万部以上が発行され、既に4万部以上が普及している(※3)。また、この絵本を使って授業をする人たちのための「解説」も、作成した(※4)。

 さて、絵本出版の半年後、弁護士会を学区とする某市立中学校から、「人権教育の授業に弁護士会から講師を派遣して欲しい」との要望があった。
  学校側の要望は体育館に生徒を集めて講演会をするだけだったのだが、それではつまらない。そこで、当方から逆に提案して、生徒会の子供達数名を集め、学校内で合計4回のゼミを開いた。
  このゼミの冒頭で、私は子供達に「これからの議論に正解はない」と宣言した上で「基本的人権はなぜ保障されなければいけないと思うか? 神様が決めたなら、無神論者の人権は保障されないのか。人間が決めたルールに過ぎないのなら、どのように変えてもよいのか?」などといった「意地悪」な質問をいくつかぶつけてみた。
  こんな質問に中学生が答えられるわけがない。それを百も承知で出題したのは、その場に立ち会った社会科の先生にも答えられない問題があることを知って貰うためである。
  この狙いはあたり、生徒達は次々と素朴な…しかし返答に窮する質問をぶつけてきた。私は、これらの質問に即興で答えながら、どんな質問も褒めあげることに留意した。正直、難しすぎたかと反省したが、ゼミ修了後、子供達が校門の外で「延長戦」をするために「まちぶせ」していたことは望外の喜びであった。
  そして、このゼミは回数を重ね、最後には東京新聞論説委員の半田滋氏の好意で、同氏を講師とするゼミまで実現した。ゼミの途中、とある生徒からの「新聞記者になって一番良かったのはいつですか?」という質問に対し、半田氏が「今、この瞬間」と答えたのは、必ずしもリップサービスではなかった様である。

 さて、当初依頼された講演会だが、これにも工夫をこらし、障害のある人への支援活動に取り組む「たんぽぽの家」に協力を要請した。この団体は「わたぼうし音楽祭」をはじめ、障害のある人達の芸術・文化活動に熱心に取り組んでおられるが(※5)、その力をお借りすることで、中学生にも深い感銘を与える内容にできると考えたからである。
  具体的には、「車椅子の語り部」である上埜英世さんが「ひとりぼっちのミミズ」という創作童話を語り、もう一人の語り部である伊藤樹里さんに「絵本」を朗読してもらう。そして、弁護士が解説をするという次第である。「ぬべぬべした皮膚」「ぐにゃぐにゃした体」のミミズが周囲の偏見に苦しみながら自分の価値に気づき、「生きがい」を見いだしていくストーリーは、冒頭で紹介した「いじめ」の問題にも通じる。
  予想通り、脳性マヒの障害を持つ上埜さん達の「語り」の迫力は子供たちを圧倒した。その余韻さめやらぬうちに「自由」「平等」そして「平和」とは何かを訴えることは極めて効果的だった。
  最後に子供達の度肝を抜いたのはオペラ歌手の卵(田中茜さん)の熱唱する歌「私は人生の主人公」である。これは、絵本の冒頭の1頁にメロディをつけたものだが、後日入手した感想文でも、中学生の心をしっかりとつかんだことがわかった。

 これらの取り組みを通じて感じたことは、今の中学生には知識はないが、知的好奇心と理解力は十分にある…というものである。確かに、今の中学生は「ソ連」も「冷戦」も知らない。しかし、講師が何を質問しても怒ったり馬鹿にしたりしないとわかれば、冒頭で紹介したような本質を突いた質問も出てくる。それに真摯に答えてゆけば、普通の中学生達にも十分通じる。
  むしろ、問題は「教える側」の力量の問題であろう。いかにして、子供達の素朴な言葉を引き出し、その根底にある問題意識をくみ取り、これに答えるか? これは、従来型の「人権教育」「平和教育」の発想にとらわれていては難しい。
  是非、全国の皆さんとも交流を深め、次代を担う若い世代に「憲法」という貴重な財産を引き継いでゆくノウハウを蓄積していきたいと考える次第である。

※1)日弁連人権大会宣言
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/hr_res/2005_1.html
※2)人権大会で配布いただいた「補助資料」
http://www.km-law.jp/miyaoreport/kenpou.pdf
その後、何度かの改訂を経ているが、それらについても私の事務所のHPに掲載させていただいている。
http://www.km-law.jp/opinion.html
※3)「憲法って、何だろう」入手方法について
http://www.naben.or.jp/sdm_annai_bookorder.html
※4)「憲法って、何だろう」解説
http://www.naben.or.jp/sdm_annai_kaisetsu.html
※5)「たんぽぽの家」HP 
http://popo.or.jp/
※6)本稿で紹介させていただいた取り組みについては、日弁連の機関誌「自由と正義」2009年6月号に、より詳しく寄稿させていただいているのでご参照いただければ幸いである。

 
【宮尾耕二(みやおこうじ)さんのプロフィール】
1963年5月生
1993年4月 弁護士登録
2001〜04年 日弁連人権擁護委員会副委員長
2005年? 奈良弁護士会憲法委員会委員
2006年 奈良弁護士会副会長
2006年〜現在 日弁連憲法委員会事務局次長