教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
トップページ 憲法教育を考える 「法教育」―子どもにとって、どんな意義があるのだろうか?
 
「法教育」―子どもにとって、どんな意義があるのだろうか?
2011年1月17日
北川善英さん(横浜国立大学教育人間科学部教授)
 

○「法教育」とは?

  初等・中等教育(小学校〜高校)において、法教育の実践が広まりつつあり、法律学界でも法教育に対する関心が高まっています。法教育という用語は、アメリカの《法に関する教育》法(1978年)の定義―「法律専門家でない人々を対象に、法(the law)、法形成過程(the legal process)、法制度(the legal system)、これらを基礎づける基本原理と価値に関する知識と技能を身につけさせる教育」―に由来しています。法教育とは、子どもを含む市民を対象とした法に関する基礎的・総合的な内容の教育であると言ってよいでしょう。大学での専門的な法学教育とは異なりますが、その基礎となるものです。

○法教育の重要性と必要性

  近代の市民革命は、「自由・平等な個人」=市民によって構成される社会(市民社会)を成立させ、市民社会の統治組織としての近代国家を設立しました。国家は、市民の人権保障を目的とし、その権力行使は憲法によって制限されるものなりました(近代立憲主義)。そして、近代の市民社会では、個人と個人の関係は対等な権利主体(市民)の相互関係として捉えられ、国家と個人=市民の関係も対等な法主体の相互関係として捉えられるようになりました。このように、個人−個人の関係も、個人−国家の関係も、基本的には法という特別な社会規範によって規律される近代社会そして現代社会では、法教育は、市民社会の構成員であり将来の主権者となりうる子どもにとって“本来的に”不可欠であったとも言えます。このことは、市民社会の基本的な法原理・原則(民法)と国家の基本的な法原理・原則(憲法)という二つの柱から法教育の内容が構成されなければならないこと、そして、近代から現代への歴史的社会的な文脈で二つの法原理・原則を理解しなければならないことを意味しています。

○法に関する教育と法教育

  戦後の法に関する教育は、憲法教育として始まり、平和教育、主権者教育・民主主義教育、人権教育、そして消費者教育など、個別化・具体化されてきました。法に関する教育の中心が憲法教育であったことは、新しい民主的・平和的国家体制の構築という歴史的課題に直面した戦後の状況においては、大きな意義を持っていました。しかし、現在では、市民社会の基本的な法原理・原則(民法)と国家の基本的な法原理・原則(憲法)という二つの柱から構成される総合的・体系的な法教育のなかで再編成されるべき段階に来ていると思います。
  日本における法教育は、1990年代初め、江口勇治筑波大学教授(社会科教育学)による、アメリカ法教育の紹介と日本型法教育の提唱に始まります(この時点では、憲法教育とは区別された法教育でしたが)。社会科教育学・現場教員による法教育と1990年代の法律家団体(日本弁護士会連合会・日本司法書士会連合会)や2000年代初めの司法制度改革審議会意見書(2001年6月)による司法教育とが合流して、「日本型法教育」の骨格を提示したのが法務省に設置された法教育研究会(2003年)と法教育推進協議会(2005年)です。
  学校教育現場での法教育実践は、一方で、裁判員制度導入や学習指導要領改訂の影響により、他方で、「身近な題材を用いた体験型学習」という安易な授業方法論にもとづいて、模擬裁判・裁判員裁判や「法や決まりを守りましょう」といった内容に集中する傾向があります。そうした傾向は、憲法教育・平和教育・主権者教育・民主主義教育・人権教育は「政治問題と絡むからやりにくい」という偏見や誤解によって支えられている面もあります。
  ※「日本型法教育」の背景・内容・問題点について詳しくは、拙稿「『法教育』の現状と法律学」(立命館法学321=322号/http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/08-5/kitagawa.pdf)を参照してください。

○課題−内容づくりと担い手の養成

  法教育が、構造改革の総仕上げとしての司法改革(新自由主義改革に向けての国民の意識改革とそのための「国民の司法参加(裁判員制度)」)や、上からの「規範意識」=順法精神の注入(新教育基本法)といった政治的文脈によって後押しされていることも事実です。そうであるからこそ、子どもたちに、「個人の尊重」(具体化としての人権保障)という基本的価値を実現するための「知識と技能を身につけさせる教育」を保障する必要があります。
  そのためには、一方で、ルール一般(決まり、スポーツや遊びのルールなど)と法との、倫理・道徳と法との相違と相互関連、法の役割(価値・利益の実現、紛争の解決、リスク・危険の抑制)、市民社会の基本的な法原理・原則(民法)と国家の基本的な法原理・原則(憲法)との相違と相互関連、といった基本的・本質的な内容を、子どもの発達段階に即してどのように教えるかという課題があります。他方で、そのような法教育の担い手をどのようにして養成するかという課題があります。いずれの課題も、従来の法学教育や教員養成では対応できません。法学・社会科教育学・現場教員の学際的な協同によって初めて達成することが出来ます。法学を学ぶ方、法学に関心がある方も、是非、法教育に目を向けて頂きたいと思います。法教育に目を向けることによって、これまでとは異なる視点から法の基本的・本質的なポイントが見えてくるでしょう。

 
【北川善英(きたがわ よしひで)さんのプロフィール】
横浜国立大学教育人間科学部教授。1948年、岐阜県生まれ。
専 門:憲法学―フランス憲法史のほか、人権教育論・法教育論も研究。 
著書等:「『法教育』の現状と法律学」(立命館法学321=322号)、「教育の法構造―憲法と教育行政」(公法研究70号)、『法教育の可能性』(共著、現代人文社)、『憲法の歴史と比較』(共著、日本評論社)など