教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
トップページ 憲法教育を考える つながる可能性のために
 
つながる可能性のために
2011年1月24日
倉田玲さん(立命館大学法学部准教授)
 

  もう随分と以前のことになりますが,いまは亡き2人の恩師から,はじめて入門的な概説書に分担執筆の機会を与えられたとき,山下健次・畑中和夫(編)『ベーシック憲法入門〔第2版〕』(法律文化社,2002年)の第6講「学問の自由と教育を受ける権利 ーひとりひとりの学ぶ権利」の冒頭に,ぼく自身20代最後の青臭く気負った推敲作業のあげく,次の2段落を並べました(同書88〜89頁)。

   知は学問によって創造され,教育によって伝達される。これら双方の営為が結びつくと,そこに文化が形成され,文明が築かれる。したがって,学問と教育が人類の進歩に欠かせないことは明白である。しかし,知が広く社会によって共有されるためには,それが個人によって享有されるという前提が欠かせない。ものごとを学ぶという精神活動は,自ら究めるという研究の側面でも,他から教わるという 学習の側面でも,まずもって個人の主体性を基礎とするからである。ひとりひとりを「個人として尊重」(一三条)する日本国憲法が,「学問の自由」(二三条)と「教育を受ける権利」(二六条一項)を保障しているのは,学問と教育が個人の生き方を充実させるも のだからだと考えられる。
  ふつう学問の自由は自由権に,教育を受ける権利は社会権に,それぞれ分類される。学び方の相違と学ぶ立場の区分を前提として,研究の場合には,その活動の全過程において干渉を受けないという自由が強調され,学習の場合には,その必要を満たすべき教育条件の整備や教育機会の均等が求められる。しかし,研究と学習の相違を固定的にとらえ,それを権利の種別や主体の区別にまで直結させる硬直した図式は,学問の自由と教育を受ける権利を双方ともに矮小化してしまうおそれがある。公的な支援なくして遂行できない研究もあれば,生涯にわたってつづけられる自主的な学習もある。

  いまにして思うと,こうした「硬直した図式」による「矮小化」の危惧は,ぼく自身に対する初歩的な戒めでもあります。このところ,法学部の教員の1人として,立命館の附属校や提携校,法学部の協定校や指定校をはじめとする高等学校の生徒たちに,ごく入門的に構成した短時間の講義をしたり,高等学校の進路指導室などを訪問するなどして普通教育に従事されている方々と教育実践に関する意見交換をしたりすることも少なくないのですが,いつも厳しい時間の制約のなかで,ともすると自分の思い描く法学の特性や憲法の本質を「硬直した図式」により「矮小化」するかたちで簡略に説明してしまいそうになります。まずは端的に要点の強調を反復しようとするあまり,それに終始してしまいそうにもなります。
  例年よりも多く40校あまりと接することができた2009年は,大学院の法学研究科から,普通教育の正課の社会科において体系的な法教育の可能性を主題とする修士論文をとりまとめ,その成果を実践的に検証しようとする若き教諭を修了生として送り出すこともできたのですが,あのとき研究指導にあたり,新旧の教育基本法や現行の学校教育法のほか,主として高等学校の学習指導要領に綴られている抽象度の高い文言を複数の角度から吟味する作業のなかで,ぼく自身が思案していたのは,やはり「硬直した図式」による「矮小化」を回避する妙法の所在でした。取捨選択の手法には,もちろん,ミクロな取捨の巧拙の問題がともないますが,しかしながら,何らかをコアとしたシステムのかたちを志向するにも,そこには内容や方法をめぐってマクロな選択肢があります。
  このような選択の契機に直面して「硬直した図式」による「矮小化」の危険性を回避するには,それ相応の思索が必要になります。とりわけ,学問や教育の対象が,これらの自由や権利を保障している憲法にほかならない場合,憲法を学ぶことが何より憲法に基づいて護られるという循環の構図を簡略に説明するために最適な出発点を構築しようとするには,それなりに複雑な思索が必要になります。こうした課題に正面から取り組むとき,ぼくの場合は,各種の高等学校との連携を都度の好機として断続的ながらも漸進的に,その場で接する多くの人々との刺激的な交流を原動力にして,学校教育の制度体系における普通教育と専門教育の接続性に立脚した伝達の系統性や整合性を考えています。必ずしも順接ばかりではありませんが,内容だけでなく,方法に関しても,探せば探すほどの接点があるように感じてきました。
  それらを自分なりに蓄積する日々のなかで,中高生のための映像教室『憲法を観る』を知ったのですが,これを拝見して,体系的な憲法教育に必要な複数の接点が映像教材として共有可能なかたちに凝縮されたものではないかと考えました。これを活用する場面は,中学校や高等学校の教室ばかりでなく,そこへと向かう教員が連携して思索する共同のなかにもあるのではないかと思います。

 
【倉田玲(くらたあきら)さんのプロフィール】
1971年に大阪府高槻市で出生。1987年に高槻市立芝谷中学校を卒業,1990年に大阪府立芥川高等学校を卒業,1994年に立命館大学法学部を卒業,1996年に早稲田大学大学院法学研究科博士前期(修士)課程公法学専攻憲法専修を修了。現在は立命館大学准教授,法学部のほか大学院の法学研究科と公務研究科(公共政策大学院)にも所属しており,主に憲法分野の講義科目や演習科目を担当している。