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中学・高校の憲法教育に期待する 〜憲法25条の実現へ
2011年2月14日
日野秀逸さん(日本生活協同組合連合会医療部会副運営委員長、東北大学名誉教授)
 

 私は、東京都立大学(現首都大学東京)人文学部と東北大学経済学部で、社会保障・社会福祉を担当していた。ここでは社会保障・社会福祉は一体のものと扱っておく。高校でも、社会保障・社会福祉を学ぶ機会はあるので、授業を受けた人もいるであろう。

 さて社会保障とは、生存権を社会的に保障し、個々人の豊かな発達と幸福な生活を実現することを目指している。生存権とは「生存または生活のために必要な諸条件の確保を要求する権利」と定義される。生存権とは生理的生存権(=最低限生活)というレベルのことではない。人間的・社会的生存であり、分かりやすくいえば「人間らしい生活を送る権利」のことである。なぜ、社会の責任で個々人の生存を支えなければならないのか。それは、現代社会が、すべての人々に生存権を認めているからである。例えば、世界人権宣言や国際人権規約やWHO憲章前文、そして日本国憲法等々に生存権が規定されている。

 日本国憲法では前文において、平和的生存権を明言している。「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは平和を維持し専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。(太字は筆者、以下同様)
  われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国との対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
  日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」。
  憲法前文が語る、「ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利」は、根本的には第9条と第25条によって具体化される。第25条では「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を定め(第1項)、さらに「国はすべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」と規定している(第2項)。
 
  憲法第13条は、幸福追求権を認めている。他者を傷つけたりしなければ、国民は幸福を追求する権利を持っているのである。第13条の幸福追求権は、具体的には平和的生存権を土台にして具体化される。私たちは、第9条(戦争・交戦権放棄)と第25条(健康で文化的な生存保障)の具体化を通じて第13条(幸福追求権)を実現するのである。
 
  ところで、幸福は国民が黙っていても国から与えられるものであろうか。そうではない。憲法第12条は「この憲法が国民に保障する自由及び権利は国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」と規定している。憲法は、私たちの「不断の努力」によって平和的・健康的生存権を確立し、幸福を実現することを求めているのである。

 
【日野秀逸(ひの しゅういつ)さんのプロフィール】
1945宮城県生まれ、日本生活協同組合連合会医療部会副運営委員長、東北大学名誉教授。
東北大学医学部卒。大阪大学医学部助手、国立公衆衛生院衛生行政学部衛生行政室長、都立大学教授などを歴任。2010年まで国民医療研究所所長。
著書等:『世界の医療・日本の医療』(労働旬報社)、『社会サービスと協同のまちづくり―「構造改革」と保健・医療・介護・福祉』(編著、自治体研究社)など著書・訳書多数。近著『憲法がめざす幸せの条件――9条、25条と13条』(新日本出版社)。