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いじめと人権
2011年5月23日
中富公一さん(岡山大学法学部教授)
 

 当時中学二年生だった大河内君が遺書を残して自殺したのは,1994年のことであった。しかし,その後もいじめで自殺する子どもは後を絶たない。
  ところで彼は遺書で次のように言及していた。「僕は,他にいじめられている人よりも不幸だと思います。それは,なぜかというと,まず,人数が4人でした。だから,1万円も4万円になってしまうのです。…あと,とられるお金のたんいが1ケタ多いと思います。これが僕にとって,とてもつらいものでした。これがなければ,いつまでも幸せで生きていけたのにと思います」と。
  この遺書には強烈な印象が残っている。大河内君は,守るべきものを見失っている。大河内君は、どこまで我慢しなくてはならず、どこから怒るべきか分らなくなってしまっている。こうした人間関係の基本は人権であるはずなのに,我々の日常生活から人権が消えている。しかし彼が特別というわけではないだろう。
  人権とは本来,身を守る権利であったはずである。人権概念の元祖,ジョン・ロックは,生命,身体,自由,財産を,人間であれば守られるべき人間に固有の権利,プロパティと呼んだ。それが人権という考え方の始まりである。それを守らなければ自分の命が危険に曝されるが故に,それは命をかけて守るべきものだとロックは考えた。しかし,大河内君は,生命を脅かされ,嫌なことをすることを強制され(=自由を脅かされ),財産を脅かされても,それに対して抵抗すべきだとは考えていない。抵抗すべきかどうかの基準が,不正か否かではなく,我慢できるか否かになっている。
  人権が知識となり,きれいごととなり,日常生活とは無縁のものとなってしまっている。この遺書からは,我慢をすることは教えるが,身を守ることを教えない現代の教育の問題点も読み取ることもできる。我々は第二の大河内君を生じさせないためにも,子どもたちに抵抗すべき時を教える義務があるように思われる。
  いじめに抵抗できるようになるためには、第1に,いじめられている子どもが,どういう行為が不正であるのかを認識でき,第2に,不正を放置しているとどういうが問題が生じるかを伝えることができる,いじめの定義が必要であろう。筆者はそう考えて、いじめの定義に取り組んだ。
  筆者の定義によれば,いじめとは,暴力による「生命・身体・自由・財産」への侵害を継続することにより,あるいは言葉や仲間はずれによる「名誉」・「精神的自由」への侵害を通して,相手から「コミュニケーションの相手として真面目に扱われる権利」を剥奪し,相手の人格を否定しようとする行為である。すなわちいじめは,二重の人権侵害であり,前者の人権侵害をとおして人格そのものを攻撃するところにその本質がある。それゆえにいじめはつらいのである。
  この二重に定義によって,いじめのつらさが表現できるとともに,どこから不当な侵害となるかが明確になる。すなわち,子どもは,暴力による「生命・身体・自由・財産」への侵害や,言葉や仲間はずれによる「名誉」・「精神的自由」への侵害があった段階で,それが正しくないと主張できるようになる。また,それを放置していると,それが継続されることによって,人格の否定が行われ,単なる暴力事件ではすまない,自殺に至ることさえある深刻な被害が生じていることが理解できる。
  このように,いじめは,人格の基本をなす人権の侵害行為である。しかし,私人同士においては,法律に基づいてその違法性とその責任が判断されることになろう。他方で,学校でいじめがあるとすれば,学校は児童生徒をいじめから守る責務を有している。これを子どもから見れば,個々の子どもは,身を守る権利,そして「コミュニケーションの相手として真面目に扱われる権利」を有しており,そしてそれが侵害されたならば,学校に保護を求める権利があるということを意味する。そのことを学校は,児童・生徒に徹底して教えるべきである。
  文科省の定義は,現在次のようである。「当該児童生徒が,一定の人間関係のある者から,心理的・物理的な攻撃を受けたことにより,精神的な苦痛を感じているもの」。もう少し生徒にも分かりやすい定義の方がよいと思われるが,大部良くなった。これで構わないので,これを生徒に説明し理解させ,使えるようにしてあげることが求められている。現在,法教育が始まっている。そこでは,こうしたことにも取り組むべきであろう。そのためにも,子どもの信頼に応え,救いを求める子どもに責任を持って対応できる学校体制が構築されなければならない。

 
【中富公一(なかとみ こういち)さんのプロフィール】
岡山大学法学部教授(憲法学)。
現代憲法教育研究会編『憲法とそれぞれの人権』(法律文化社)等多数の書籍を分担執筆。
「いじめ概念の憲法学的検討 −児童・生徒の安全再構築のために−」「国立大学法人化と大学自治の再構築 −日米の比較法的検討を通して−」など多数の論文がある。