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“地産地消の憲法学”(上) ―中学・高校の憲法教育に期待する―
2011年6月20日
杉原 弘修さん(栃木イラク訴訟代表・宇都宮大学名誉教授)
 

T はじめに
  表題にある“地産地消の憲法学”というのは、もちろん比喩的な表現ですが、憲法9条のように極めて国家的な、日本の政治や社会にとって包括的なテーマが、各地の住民たちによって提起されたイラク訴訟を通して地域と密接につながって行くという現実を表現する比喩です。
  私は、2005年頃から、高校の出張講義において、「イラク訴訟」について講義を頼まれることが多くなりました。その理由としては、私自身が「栃木・イラク訴訟」の代表をしていることに因るものです。高校生にイラク訴訟を分かりやすく伝えるのはそんなに易しいことではありません。裁判の背景・特色や判決の構造、司法制度の問題から平和主義とは何かという原理・原則の問題、どれ一つをとっても話し難いテーマばかりです。
  このとき、私のサポート役になってくれたのが“地産地消”という考え方でした。サポート役というのは、栃木県の住民たちで、自らの手で裁判の“種をまき、耕作し、その実りを収穫する”仲間たちである。もちろん、裁判という行動の性格から、いくら大勢の市民が集まってもそうやすやすと“地産地消”というわけにはいきません。それを補い支援するのが法律のエキスパートである弁護士たちの能力と熱意であるし、全国で同様の裁判を展開している人々のネットワークでした。
  こうしたネットワークから得た情報を元に、具体的な事例を紹介することによって、難解な法律問題や裁判事象を分かりやすく解説できたということをたびたび経験することができました。

U 栃木訴訟の起こり
  2004年12月、市民団体の主婦ら47人が「イラク派兵・違憲訴訟の会・栃木」を結成し、14日に宇都宮地裁に提訴(“討ち入り”という人もいた)した翌12月15日、栃木県の地元新聞各紙は一斉にこのことを報道しました。
  例えば、2004年12月15日の毎日新聞は、「訴状によると、今年1月から始まった自衛隊のイラク戦争への派遣が憲法前文に規定する「平和的生存権」や9条、さらに個人の「人格権」を侵害し、原告らに精神的苦痛を与えている。」と報じ、下野新聞は、「宇都宮駐屯地に緊急即応連隊を配置する決定を例に、(市民は)生命の危機にさらされるばかりか、その家族に悲痛な思いをさせる。危険な駐屯地を抱える県民はテロの脅威にさらされ、非常な精神的苦痛を受けている。」と訴訟の趣旨を報じています。
  全国においても、マスコミはイラク裁判を通して9条論争に多少の興味関心は寄せてきました。しかし、その反響の少なさに全国イラク訴訟の原告およそ4500人(2004年12月現在)は、裁判の結果についてあまり良くないであろう行く末を予測しました。
  このとき、大学生など若い世代にこの問題がどのように受け取られているか、どの報道を見ても、また、どの論説を読んでもほとんど伝わって来ません。というより、イラク訴訟の原告や代理人たちですらその問題を考える余裕はほとんどなかったと考えられます。例えば、2007年4月に発行された「イラクの混迷を招いた日本の“選択”」(自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議・編著、かもがわブックレット165)の「第四章 未来への架け橋―平和のうちに生きる権利―」において、「ストップ・ザ・イラク戦争 カギを握るのは日本の私たち」の中に若者が登場してきません。本書の副題が「自衛隊がやっていることVS私たちがやるべきこと」からすれば、イラク戦争について大学生や高校生の若い人々の応援や激励の言葉が数多く見えてこなければならない、と私は考えました。
  このような認識から、まず地方で日本国憲法を学習していく、すなわち“地産地消の憲法学”の模索が始まったのです。

 栃木イラク訴訟の担い手は、47人の原告とそのサポーターでした。表題の“地産地消”という文字は、このような地域の思いがいっぱい詰まった熟語であり、スローガンです。
  こうした訴訟は、「札幌・仙台・東京・山梨・栃木・静岡・京都・大坂・岡山・熊本」の5800名の原告と800名を越える弁護団を結成し、日本の裁判史上でもまれに見る大型重要裁判になりました。
  2006年8月10日、宇都宮地裁の福島節男裁判長は、原告側の訴えを「具体的争いない」と全面的に退けました。その判決文は、わずか5500字程度の短いものである上、原告が期待する内容は一行もありませんでした。長沼訴訟札幌地裁判決と類似するのが、福島という裁判官の名前だけというのは偶然というより、皮肉な一致というべきでしょう。

(つづく)

 
【杉原 弘修(すぎはら ひろのぶ)さんのプロフィール】
栃木イラク訴訟代表・宇都宮大学名誉教授。