教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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憲法教育の発展へ ― 社会教育の場からの問題提起
2011年6月27日
島田修一さん(社会教育・生涯学習研究所所長)
 

―――私たちはいま、中学生・高校生向けの憲法映像教材をつくり、その普及をすすめておりますが、社会教育・生涯学習の場での憲法教育の視点で問題提起していただければと考えております。
  まずは、社会教育・生涯学習とはどのようなものなのか、からお聞かせください。
(島田さん)
  社会教育は、学校教育や家庭教育とならんで市民に広く開かれた教育・学習の場です。これを生涯学習と称するのは不適切で、本来生涯教育・生涯学習とはすべての人びとの生涯にわたる教育機会の保障をめざす教育思想で、学校教育も社会教育もそこに含まれます。
  さて社会教育は、戦前は国家政策としての国民教化の機能を求められてきたものですが、学校教育を充分に受けられなかった農民や労働者たちが生産労働の場で人間としての自覚をとりもどす学びの場を運動としてつくってきた歴史があります。戦後は、憲法理念を実現する主体を育てることをうたった教育基本法のもとで社会教育法も生まれ、全国各地に人びとの学びと交流の場としての公民館をつくることが奨励され、地域の暮らしや家庭生活をよりよいものにしていく学習文化活動が広がっていきます。
  しかし、その活動は一般的な文化教養の学習にとどまることはありませんでした。物価や税金、子育てや福祉などをめぐる生活のきびしさ、生産現場での賃金や労働条件の劣悪化が深刻になるにつれ、社会のしくみや国民の権利についての学習が広く展開されていくようになります。このような流れには干渉や介入も見られ、社会教育は必ずしも順調に発展したわけではないのですが、熱心な市民や職員たちの努力で、地域の公民館や図書館などのほか社会教育関係のいろいろな団体や自主サークルの繋がりも拡がり、福祉や環境、平和や人権をめぐる諸問題への取り組みも含めて幅広い展開を見せています。

―――地域の公民館などでの社会教育で、憲法の教育についてはどのように進められているのでしょうか。
(島田さん)
  注目したい最近の例としては、「月刊社会教育」2011年5月号に紹介されている東京・昭島市の取り組みがあります。そこには、「九条の会・あきしま」が昭島市公民館の募集に応じて「自主市民講座」の企画・運営を担当した経緯が語られています。全5回の講座の内容を決め、参加者を募集したところ、すぐに定員60名が埋まり、内容的にも大成功だったのは、講師の講義の後に参加者間で充実した討論がもたれたことでした。
  ただ、全体状況から見ると、社会教育の場での憲法教育の実践事例は、時代の流れや行政機関の消極姿勢、時には干渉などもあって、非常に限られているのが現状です。
  やはり、地域住民自身の中にさまざまな社会問題などを主体的に学んでいこうという機運や運動があってこそ、公民館などの公的な場での憲法教育・憲法学習が保障されていくことになります。
  社会教育・生涯学習の場では、市町村の公民館主事や社会教育主事などの役割は大きいのですが、あくまでもその主体は学習者=地域住民なのです。地域住民自らが学習講座を企画・編成していく取り組みがもっと広がっていく必要があります。東日本大震災による原発事故が人びとのくらしや地域産業の基盤を根こそぎ奪ってしまう事態を引き起こしているのですから、地域で放射能問題の学習会などが大いに広がっていくことが期待されます。このような問題も含めて人権や平和や環境の問題などをめぐる人びとの関心や運動が活性化することが、社会教育活動を住民本位のものにする上での支えになります。

―――さて、社会教育・生涯学習の発展に向けて、いまどのようなとりくみが行われているのでしょうか。
(島田さん)
  1957年に雑誌「月刊社会教育」が創刊され、1961年からは社会教育推進全国協議会(社全協)主催の社会教育研究全国集会が毎年開催されています。この集会には自治体の教育委員会や図書館・博物館関係者も協力していますし、毎年多くの自治体職員や民間の学習文化団体はもちろんNPOなどさまざまな自主団体や市民が参加し、交流・討議を深めています。
  現在私が所長を務めている「社会教育・生涯学習研究所」は、この社全協や「月刊社会教育」に協力して民衆本位の社会教育・生涯学習をさらに発展させる「学びの共同センター」になることをめざして1997年に発足しました。研究会・学習会の開催、理論書やブックレットなどの刊行を行っています。
  教育に関わる住民の権利要求は、「学ぶ自由」を保障させることにとどまってしまう場合があるのですが、私たちは「何をめざして学ぶのか」「学ぶことによってどのような人間になっていくのか」を軸にした「学びを創る」運動に力を入れています。

―――島田さんは教育学の学会でも重要な役割を果たしておられます。憲法教育についての島田さんの問題意識をお聞かせください。
(島田さん)
  憲法教育は、学校現場でも公民館などでの講座でも、条文を解説するようなことにとどまりがちです。しかし、憲法は私たちに何を求めているのか、憲法の人権規定をどう実現していくのか、などを学び考え、主権者として成長していくような教育をすすめる必要があると考えます。
  具体的には、人権思想史・憲法史をできれば地域の民衆運動史と結びつけて学んでいく憲法学習をすすめていくことなどが大事だと考えます。私たちが大切に考える人権が、かつてはどのように侵害され、その人権がどのようなたたかいの中で獲得されるようになったのか、ということを歴史やいろいろな事実を通して学ぶ必要があります。そして、憲法はそのような歴史をふまえて、国民の権利を守るために国家権力を縛るものとして制定され存在しているゆえに、私たちの手で守らなければならないことを掴むことが大切です。
  なおその学び方も、講師による条文解説的な講義を受動的に学ぶのではなく、受講者が自分たちの日常経験などと結びつけ問題意識を持って主体的に学ぶ方法が大事ですね。

―――最後に、憲法教育をすすめる中学・高校の教員の皆さんに期待することをお聞かせください。
(島田さん)
  憲法の条文学習に終わらずに、その基本精神と原理を人権思想史・現代史を踏まえて生徒たちに伝えることに今後とも努力して欲しいと思います。憲法が、かつて見られたような為政者たちの横暴な支配や人権侵害を二度と繰り返えされることのないよう、国家権力を縛るものとしてつくられていることをきちんと伝えていくことです。そのためにも、教員の皆さん自身が、人権や環境、平和の問題にいかに取り組んでいるのかが問われてきます。教育実践現場で、生徒指導上の問題や学校の管理運営問題で生徒の悩みや教員仲間の深刻な思いをきちんと受けとめる際にも、自分の人権感覚が問われ民主主義の実践力量が問われます。自分のもっている憲法意識を常に自問していって欲しいと思うのです。私は教員の皆さん自身がこれまでの生活のなかで「憲法にどう向き合ってきたのか」と問いたいし、現在もこれからも「憲法に生きる」ことを求めたいと思います。そのような日常生活の中での憲法への向き合い方によって、生徒たちへの憲法教育がより説得的になっていくのだと思います。

―――教育・学習の基本的なあり方を含めて、示唆に富む問題提起をしていただき、ありがとうございました。今後ともよろしくお願い致します。

 
【島田修一(しまだしゅういち)さんのプロフィール】
社会教育・生涯学習研究所所長。
長野県下伊那郡喬木村社会教育主事を経て、研究者になり、中央大学文学部教授などを務めた。「月刊社会教育」編集長、社会教育推進全国協議会委員長、日本社会教育学会長なども歴任。
『知を拓く学びを創る−新・社会教育入門』(編著、2004年、つなん出版)、『社会教育』(編著、2006年、国土社)、『自治体の自立と社会教育』(編著、2008年、ミネルヴァ書房)など著書多数。