教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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“地産地消の憲法学”(下) ―中学・高校の憲法教育に期待する―
2011年6月27日
杉原 弘修さん(栃木イラク訴訟代表・宇都宮大学名誉教授)
 

III 模擬裁判の行方

私が教鞭をとる宇都宮大学の小さな教室で、学生たちの集まりによってイラク訴訟模擬裁判が行われました。前掲の「かもがわブックレット」46頁には、宇都宮大学生の模擬裁判が紹介されています。以下にその箇所を転載します。

 *  *  *  *  *

 栃木訴訟では、大学生たちが自ら模擬裁判を行い自分たちの言葉で判決を書く、という試みを行いました。栃木訴訟の第1回口頭弁論以来4回の審理ごとに学習を重ね、2006年7月13日、宇都宮大学の模擬法廷で判決が出されました。留学生を裁判長とする3人の学生裁判官の判決は具体的な理由に富み、明快です。「憲法前文は、全世界の国民が平和のうちに生存する権利を定めているもので外国人が読んでも良く分かります。なぜなら、これは世界の人々が長い間、求めてきた共通の権利だからです。」「憲法前文や九条は抽象的であるどころか、具体的すぎて他国が定めたくても定め得なかった規定です」などと認めて、国の主張を退けました。そして「自衛隊の活動が戦争の加担行為ではないというのなら、原則的に非武装でなければならないと考えます。たとえ人道復興支援活動という名の下であれ、憲法9条に違反するという原告の主張には合理性があります」と、原告勝訴の判決を言い渡したのです。

模擬法廷全景(宇都宮大学1121教室)

  これは法律的な知見をもたない若者の憲法論ですが、弁護団はその日にこの判決を証拠として裁判所に提出するという見解を述べました。

IV イラク訴訟の論点
 
  栃木訴訟の惨敗とは全く異なり、2008年4月17日、名古屋高等裁判所において「自衛隊のイラク派兵差止等請求控訴事件」の控訴審判決が出ました。この日は私の63年目の誕生日でした。この判決において論じられるべき最大のポイントは、@憲法9条と自衛隊の存在そのものとの関係、A憲法9条と自衛隊の活動範囲・活動内容との関係、B自衛隊のシビリアンコントロール、C違憲立法審査権、D平和的生存権の実質化、などなど多岐にわたっています。しかし、これらの論点は、戦後60年間以上、無数の学者・専門家が、口角泡を飛ばして議論してきたものです。それにもかかわらず一番高いハードルと考えられてきたのが、裁判所の塀でした。なぜなら、これまで裁判所は、憲法9条と自衛隊に関する争訟については判断を避けて通るのが通例であったからです。これは統治行為論、あるいは司法抑制主義・司法判断消極主義などと呼ばれることもあります。
  名古屋高裁はこの通例を破りました。自衛隊の活動を真正面から見据えて、その結果、違憲であるとの司法判断を下しました。自衛隊の違憲については、過去に長沼ナイキ基地訴訟第一審判決(札幌地裁1973年9月7日判決)で、自衛隊を違憲とした判決が唯一つあるのみです。名古屋高裁判決はその時以来35年ぶりのことになります。
  長沼訴訟の福島重雄裁判長は、「合憲であれ、違憲であれ、裁判所は証拠に基づいて堂々と判断を示し、それを積み重ねることによって国民の間で議論が深まることが、法治国家のあるべき姿である。私はこうした考えから、自衛隊と憲法9条を判断の対象にすることになんら迷いはなかった。」(朝日新聞2008年5月1日15面)と述べています。さらに、「国民が関心を持たなければ、裁判官も“わざわざ憲法判断をする必要はない”と、統治行為論に逃げ込みやすくなってしまう。」(朝日新聞、同じく)との言葉には、元裁判官の言葉としてその重さを十分感じさせられました。
  まさしくその通りです。裁判に訴えてまで憲法9条の問題を追求している市民にとって、とりわけ栃木県の市民にとって、たとえ請求の内容とかけ離れた判決であったとしても、その理由が、目の前に居る裁判官によって真摯に語られたものであれば、それに服することも考えたでしょう。しかし、大阪地裁(2006年7月20日判決)も宇都宮地裁(2006年8月10日判決)も、その他多くの地裁が、「統治行為論」という最高裁レベルを超えようとせずに、自己の判断能力を停止してしまいました。これでは蒔いても蒔いても“地産地消”の憲法の芽は出てきません。

V こだわりの憲法9条

 振り返れば、栃木イラク訴訟の会の始まりは、2001年12月14日、宇都宮大学国際学部の1121教室で「平和ネットとちぎ結成総会」が開催され、この日、私は「憲法の現状と未来」というテーマで記念講演を行いました。憲法の主要な課題は、「見直しよりも読み直し」にあることを強調しました。
  よく読み直してみると、憲法には多くの“こだわり”があります。例えば、日本国憲法や(旧)教育基本法の前文には、たびたび「決意」の二文字が出てきます。ところが、2006年改正された教育基本法からは、決意の文字は消えてなくなりました。
  そもそも日本国憲法を作ったマッカーサーにも“こだわり”が覗えます。日本国憲法は、天皇の「朕は・・・」という上諭から始まります。この短い文章の中に「帝国憲法第73条による・・・」という言葉がありますが、戦前は「大日本帝国憲法」と称していたはずなので、「大日本」という冠(かんむり)をはずしたのは、もちろんミスではなく、マッカーサーの強いこだわりだったのでしょう。
  日本国憲法第36条にも“こだわり”が見られます。「拷問・・・は、絶対にこれを禁ずる」としていますが、日本の法令上、条文に「絶対に」という修飾語が使われることはまずありません。
  小泉純一郎元総理大臣の“こだわり”は、自衛隊の海外派遣でした。その当時、戦争・テロであれ、地震・洪水のような自然災害であれ、自衛隊の海外への派遣が政府にとって重大関心事になっていました。
  イラク訴訟原告のひとりひとりの“こだわり”は、その意見陳述を見ればよく分かることですが、勝ち目は無いと分かっていても最高裁まで争ってきた理由は、平和へのこだわり、人権へのこだわり、子どもや孫たちへのこだわり、教師としてのこだわりなどなど、陳述書に様々な思いが述べられています。

 以上、述べてきたことは、日本全国を駆け巡るイラク前線のわずか一つの定点に過ぎません。この点が、わずかずつ別の地点に移動しつつ、平和的生存権という大輪の華の開く日を待っているようにも思えます。

 
【杉原 弘修(すぎはら ひろのぶ)さんのプロフィール】
栃木イラク訴訟代表・宇都宮大学名誉教授。