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憲法教育に期待する 〜違憲判決を勝ち取った経験から〜
2011年7月18日
大島麻子さん(弁護士)
 

違憲判決
  2010年5月27日、京都地方裁判所は、労働災害による著しい外貌醜状の後遺障害において、女性が7級と定められているのに対し、男性については12級と軽い等級に定められていることについて、憲法14条違反とする判決を出しました。
  労働災害による後遺障害について、国は、その程度によって1級から14級までの障害等級表を定めており、等級によって補償の内容が異なります。ほとんどの後遺障害は男女差が設けられていませんが、外貌醜状障害については、同じ程度であっても、女性の方が男性より重い等級に位置づけられていました。
  日本において違憲判決が出されることは極めてまれです。さらに異例なことに、国が控訴を断念したことから、この判決は同年6月11日に確定しました。また、これも異例ともいえる早さですが、2011年2月1日、労災の障害等級表が改正されました。
  この事件で、弁護団として実働したのは、私を含む5人の弁護士です。

なぜこんな時代錯誤の規定が?
  この判決はマスコミでも大きく報道されましたが、なぜ、こんな時代錯誤の規定が残っていたの?というのが、多くの人の率直な感想だと思います。この疑問を解く鍵は、憲法の教科書によく出てくるような基本的な問題にあると思います。

違憲を主張できるのは当事者だけ!
  一般に立憲主義憲法では、憲法違反の法律などが制定されてしまったときに、それを正していくための制度が設けられています。日本の憲法は、通常の裁判所が具体的な事件を裁判する際に、その前提として事件の解決に必要な限度で、法律や規定が憲法違反か否かを判断するという制度がとられています(これを「付随的違憲審査制」といいます)。そのため、こんな法律はおかしいと思った人がいても、当事者でなければその是非を裁判に訴えていくことができません。
  意外なことに、私たちが訴訟を起こすまで、労災の裁判において外貌醜状の男女差別の憲法違反が争われた例はなかったようなのです。当事者がなぜ声をあげられなかったのか、その理由は想像するしかないのですが、ひとつは、外貌醜状のみを問題とするような事件が少なかったからではないかと思います。外貌に醜状を生じるような労災事故にあった場合、当事者はほかにも大きな障害を負っているのが通常ですから、ほかの障害で高位の等級に認定されれば、特に外貌醜状の点を問題とする必要はなくなります。さらにいえば、この規定の背景にあった「男は外見にこだわるべきではない」というような古い価値観は、最近まで当事者をも縛っていたのかもしれません。

憲法判断は避けるべし?
  先の付随的違憲審査制とも関連しますが、日本の裁判所は、憲法判断を行わなくても妥当な解決を図ることができる場合、憲法判断を避けているのが実情です。こうした裁判所の姿勢を、憲法の教科書では「司法消極主義」と呼んでいますが、冒頭で指摘したとおり、日本の裁判所は、これまで数えるほどしか違憲判決を出していません。
  実は、交通事故による後遺障害についても、自賠責保険が、労災の後遺障害等級表に準じた等級表を作っています。労災と違い、交通事故の裁判は頻繁に起こされていますから、憲法違反が争われた事件も当然ありました。
  しかし、交通事故の場合は、裁判所は、自賠責の等級表に拘束されずに後遺障害について判断することができるとされています。また、交通事故の場合は、精神的苦痛についての慰謝料請求も認められるので、外貌醜状については慰謝料を増額して調整するなど、柔軟な解決ができます。こうした理由もあり、後遺障害等級表についての憲法判断は避けられてきたのです。

1人1人の尊厳のために
  本件で原告となった男性は、20代の前半、水蒸気爆発により飛散した高温の金属を浴びるという労災事故にあい、大やけどを負いました。その後、16回に及ぶ手術やリハビリを経て、ようやく症状が落ち着いたときには、約10年が経過していました。
  原告自身は、木訥といってもいいような青年で、自らの過酷な経験についても声高に訴えるというようなタイプではありません。しかし、受けた苦痛は同じはずなのに、なぜ男というだけで女性より低い補償しか受けられないだろうという素朴な疑問が、彼を裁判に踏み切らせたのです。そして、ごく普通の青年が、消極的な裁判所を動かして違憲判決を勝ち取り、現代の男女平等にふさわしい内容に国の規定を変えさせたのです。日本国憲法の中核となっている理念は「個人の尊厳」ですが、それを担い発展させていくのは、特別な誰かではなく私たち1人1人だということを、憲法教育に携わる皆さんに実感していただければと思います。

 
【大島麻子(おおしま あさこ)さんのプロフィール】
1991年 一橋大学社会学部卒業
       その後、約6年間労働者として働く
2000年 司法試験合格
2002年 弁護士登録。京都第一法律事務所にて勤務開始
       現在、京都弁護士会労働に関する委員会副委員長