教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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憲法出前講座を経験して
2011年8月1日
繻エ周成さん(弁護士)
 

出前講座を始めるきっかけ
私たち東京弁護士会憲法問題対策センター市民高校生部会は、2009年以来、都内各地の高校・中学で憲法出前講座を開催してきました。
2010年5月から憲法改正国民投票法が施行となり、18歳以上の国民に憲法改正に関して投票権があるとされました。高校3年生でも憲法改正の可否について自分の考えで判断しなければならなくなったのです。
このような事態を踏まえて高校・中学の生徒とその際の判断基準になる憲法の基本原理について、双方向型授業で一緒に考えていこうというのが、
出前講座を始めるきっかけとなりました。

講座のスタイル
この間、6校の高校・中学で出前講座を開催してきました。試行錯誤を繰り返してきましたが、その中で、次第に人権に関わる判例を基にして生徒と対話をしながら憲法の基本原則を理解してもらうという講座のスタイルが出来上がってきました。とはいえ、50分の授業時間内でこちらの意図するところを上手く実現していくのは容易なことではありません。

ハンセン病判決を題材に行った出前講座の経験
ここでは、ハンセン病熊本地裁判決を題材に行った出前講座を例にとって、私たちが試みたことをお話ししてみたいと思います。
私たちは、この判決を題材に、憲法98条1項の憲法の最高法規性と憲法99条の国務大臣や国会議員等の憲法尊重擁護義務、即ち「法の支配」を理解してもらおうと考えました。講座に先立っては、時間の節約のために、法律論は一切抜きにした「ハンセン病患者隔離の歴史概観」をA4版1枚にまとめたものを事前に生徒に読んでおいてもらいました。

導入部の問答
講座では、「立法をリードする人たちとはどのような人たちか?」「行政をリードする人たちとはどのような人たちか?」という初歩的な問答から始めていきました。
次いで「ハンセン病の患者さんたちは、社会から隔離しておく必要がないことが分かってからも、法律が改正されなかったために実に36年間もの間社会から隔離され続けてきました。もし皆さんがハンセン病の患者だったとしたら、このような事態を受け入れることができますか」と問いかけていきました。
この質問に関連して、ハンセン病患者の原告の「ハンセン病を隠すため戦争で死ぬことを夢見たり、自殺を試みたりしました。プロミンによってハンセン病が治る病気になったことを確信していましたが、平成8年3月に「らい予防法」が廃止になるまで長い間、患者の強制隔離を続けてきたのは返す返すも残念なことでした」といった陳述も取り上げて、ハンセン病患者の思いが生徒に伝わるような工夫もこらしてみました。

核心部分の問答
このような問答を繰り返した後に、「36年もの間ハンセン病患者の不必要な隔離を続けたということは、患者のどのような人権を侵害したのでしょうか」「このような事態を招いた国会議員・厚生大臣(現厚生労働大臣)に責任はあるでしょうか」「国会議員・厚生大臣に責任があるとして、その理由はどんなところにあるのでしょうか」と核心部分の問答に入って行きました。生徒にはまず、「不必要な隔離を続けることはおかしい」との素朴な思いと、「この隔離策は法律に基づいて行われていたのだから、誰も法律には違反していないから責任はないのではないか」との理屈との乖離が生じ得ることを理解してもらった上で、かかる事態を「国務大臣も国会議員も憲法を尊重し擁護する義務がある」との憲法の規定を踏まえて考えるとどうなるかと問答を続けました。国務大臣にせよ国会議員にせよ、生徒にとってあまり身近な存在でないので、立法権あるいは行政権行使の具体的な在り様は必ずしも分かっていません。それだけに、そのような人たちが、その職責の重大さにも拘らず、その職責を全うしなかった場合には、形式的には何の法律にも違反していなかったとしても、本件事件のように重大な人権侵害を起こし得ること、それゆえ、そのような人たちを縛るものとして法律の上位にある憲法があるのだということをリアリテイをもって理解してもらうことは、言うほど簡単なことではありません。
ここら辺は今後の課題となっております。

講座を振り返って
私たちは、このような問答を続ける中で、生徒に私たち市民を縛るのが法律であり、国務大臣や国会議員という私たちのリーダーを縛るのが憲法なのだということを伝え、このような原理を一言で表現すると「法の支配」となるので、この言葉だけでも覚えて帰ってもらいたいと講座を締めくくるようにしています。
それにしてもこのような講座を経験すればするほど、私たちの独りよがりにならないように、生徒の関心を引き付けた講座を開催することの難しさを痛感しております。それでも生徒から「普通に生活していただけでは聞けないことや、世の中には自分たちが知らないだけで色んな人がいることを聞けたのは貴重な体験になりました。これからは、もっと世の中に目を向け、様々な問題にも興味が持てるようになりたいです」といった感想を聞かされると、出前講座をやってよかったと嬉しくなります。

私たちの願い
私たちは、これからも講座内容の質の高さと講座内容の面白さの両面を追求して、努力していきたいと思っています。
そして、一人でも多くの生徒に日本国憲法の大切さを理解してもらうとともに憲法改正問題が起きた時に、出前講座が自分自身の考える軸を作っていくきっかけにしてもらえることを願っております。


東京弁護士会「憲法出前講座」(無料)のご案内
http://www.toben.or.jp/manabu/kouza.html
東京弁護士会 人権課 憲法問題対策センター担当
TEL 03-3581-2205 FAX 03-3581-0865

 
【繻エ周成(くわばら しゅうせい)さんのプロフィール】
1974年 一橋大学法学部卒業
1978年 司法試験合格
1981年 弁護士登録。東京東部法律事務所
2005年4月〜2006年3月
  東京弁護士会副会長
2006年4月〜現在
  東京弁護士会憲法問題対策センター副委員長
2006年4月〜2008年3月
  東京弁護士会公益通報者保護特別委員会委員長
2008年4月〜2009年3月
  日本弁護士連合会常務理事