教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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憲法を学ぶ―「神話」を問い直し、自分の座標軸を得る
2011年8月15日
奥野恒久さん(龍谷大学政策学部教授)
 

 私が過ごした、1980年前後の大阪府内の中学校は「荒れて」いて、けんかや暴力の話題で溢れていた。「腕っぷし」に自信がなく、されども他者から認められたい、尊重されたいと、当時の私は漠然と考えていたのだろう。「生き方」とは大げさだが、自らの「振る舞い方」のようなものを絶えず模索して、本を読んだり音楽を聴いていたように思う。そんな時に出会ったのが日本国憲法だった。「暴力には訴えない」と誓い(憲法9条)、全世界の国民の平和的生存権実現に向けて奮闘する。そうすることで、世界から信頼をかち得よう(憲法前文)、というのである。率直に言って、「美しい」と感じた。これで「やっていける」という気もした。この国の羅針盤としてのみならず、当時の私の感覚にフィットしたのだろう。

 さて現在、何とか私は、憲法について学生たちに語るという仕事をしている。
  大学1年生の最初の授業で、私は数問の「憲法クイズ」を出す。その一問に、「日本国憲法で、この憲法を尊重する義務が明記されている人は誰ですか?―(1)すべての国民、(2)天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員、(3)日本国内で生活する人、(4)全世界の人」というのを入れる。憲法という法の性格や立憲主義についての理解を問う基本的な問いである。だが、圧倒的多数の学生の解答は、(1)か(3)であって、正解の(2)ではない。「憲法99条を読んでみて」と言うと、「99条は覚えさせられなかった」との反応も聞かれる。
  憲法という法の重要な特質は、「国民が国家機関に権力を授けるとともに、国家権力を縛る」ことにある。だが、残念ながらこのことは十分理解されていない。「国民が守るべき国家の基本法」という理解が主流である。だから、歴史を紐解きながら憲法イメージの転換をはかることから始めるのである。
  次に問題になるのが、「国家権力」である。これもイメージするのは難しい。たとえば「足利事件」を例に、警察官がどのような取り調べを行ったか、菅谷氏の自著(菅谷利和・佐藤博文『訊問の罠―足利事件の真実』(角川書店、2009年))にもとづき具体的に話をする。多くの学生にとって、警察官や検察官は「正義の味方」であるから、その感想には多分に「驚き」が含まれる。「権力は必要だが、その力の巨大さと暴走するという属性を持つゆえ、絶えず警戒のまなざしが必要である」。この視点を見出す、あるいは権力イメージの転換を促すことこそ、憲法学習の第一歩のように思う。もちろん、その作業のなかで、「国家のための個人」ではなく「個人のための国家」である、との理解がはかられるはずである。これは、政治や社会を見るうえでの大きな座標軸である。
  3月11日の「東日本大震災」以降、「原発安全神話」なるものが崩壊した、とされる。そのことの良し悪しはともかく、「神話」なるものがつくられ、それがこの社会で凄まじいまでの大きな力を持っていた、という事実こそが問題である。だが、巨大マスメディアの影響力、国民の「お上意識」、国民の熟議の時間と場所の不足などなどで、「神話」や「常識」が大手を振って歩いている。「日米安保」や「経済成長」も、もはや所与のものとして受けとめられ目指されている。一種の「神話」や「常識」である。
  個人を原点に置く憲法学は、そしてイメージ転換を促す憲法学習は、このような「神話」への問い直し、あるいは「神話」不要論へと導く可能性を秘めている。憲法学習として、条文や判例の暗記ではなく、憲法を座標軸にあらゆるものへの問い直しがなされるなら、まさに国民にとっての学びとなろう。

 先日、哲学や仏教思想を専攻する学生たちと裁判を傍聴してきた。元暴力団組員による覚せい剤にかかわる事件であった。傍聴後、一人の学生がこう話してくれた。「本当に問われなければいけないことは、若くして暴力団組員にならざるをえなかった被告人の生活や教育環境であるはずなのに、検察官も裁判官も弁護士も、法律に触れたかどうかだけに注視していた。これで、人を裁いていいのか」と。
  この根源的な素直な問いに、私も少々動揺した。「常識」を問い直すべく憲法学を専攻している私が、その世界の「常識」に染まっていたのである。このことを反省するとともに、若い人たちの自由で豊かな感性を大いに発揮させることに努める、とここに誓いたい。

 
【奥野恒久(おくの つねひさ)さんのプロフィール】
龍谷大学政策学部教授。専門は憲法学。
著書:『増補版・基礎コース憲法』(晃洋書房、2006年)、『改憲・改革と憲法』(日本評論社、2008年)、『憲法と現実政治』(本の泉社、2010年)など。