教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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「高校生のための憲法入門 ―日本国憲法第9条の世界史的意義」
2011年9月5日
近藤真さん(岐阜大学地域科学部教授)
 

まえおき
  高校生の皆さん。岐阜大学地域科学部教授の近藤真です。個人的な話ですが、私は、高校時代の親友たちとは、還暦の近づいた今でも、毎年会います。全国に散らばっても、30年もたってみんなそれなりに偉くなっても、不思議と、オレ、オマエの関係で何でも言いたいことが言えるのです。高校時代に培った仲間は、損得勘定なく形成されたからこそ、一生の宝になるのだと思います。高校時代とは、世界が自分の目の前に開けてくる時代であり、哲学や理論にあこがれ、純粋に社会の問題を感受する力のある時代です。その時代に、仲間との葛藤を通して受けた影響は、級友からであれ、教師、先輩、読書からであれ、一生を左右するほどの人生の核となることは間違いありません。この「高校生のための憲法入門」という話も、もしもこれが仲間との議論になって、そんな人生の一コマとなったら私にとっても望外の幸せです。今回の話で、今日の高校生が、日本国憲法について知るべきだと私が思うことは、まずは、第9条「戦争放棄」の出生の秘密です。そこから、この憲法の意味を考え、一般的に憲法とは何か、という問題に取り組んでいって欲しいと思います。

日本国憲法第9条の世界史的意義

はじめに
  今回の中心テーマは、人類が、数々の戦争とついにはヒロシマ・ナガサキへの原爆投下を経て、幾多の試練と困難を乗り越えて憲法9条にたどり着き、核戦争時代の現在、9条が21世紀の人類にとって生き残りうる最後の道であることを示し、その意味で9条が人類にとって動かしがたいバイブルとなったことを示すことにある。さらに近年の遺伝人類学の成果からしても人類は皆血を分けた兄弟であり、全員が特定のただ一人の母を祖先に持つ家族なのであるという科学的事実がそんな兄弟で殺しあうことの愚かしさを明らかにしている。したがってもう戦争は止めにしようということである。

1.憲法9条の世界史的意義
  憲法9条とは何か。どういう意義を持って生まれたのか。言うまでもなく、日本国憲法第9条は、まず、第一に、侵略戦争に対する反省から生まれた。憲法9条の意味は、日本国民にとっては、まず、戦場で死んだ兵士や、ヒロシマ・ナガサキ原爆を含む空襲で死んだ一般市民を合わせて、約300万人とされる犠牲に対する鎮魂である。この犠牲は、日本国憲法によれば、大日本帝国の「政府の行為による戦争の惨禍」(憲法前文)として出されたものである。このような政府の行為による戦争の惨禍を二度と日本国民が被ることのないようにするのが、憲法9条の目的である。言い換えると、政府が戦争できないように政府の手を縛っているのが憲法9条なのである。9条は、外国人にとっては「二度と侵略戦争をしない」という国際法的な約束を意味する。戦争中は大日本帝国の敵であった連合国によって結成された国際連合には、1955年にこの憲法と教育基本法を提出して日本国も加盟が認められたのであるから、憲法9条は、実際上、国際連合に加盟する世界の諸国民に対する国際条約である。大日本帝国は、中国、朝鮮をはじめアジアと世界の諸国民を敵として戦争し、2000万人に及ぶ死の犠牲を負わせたが、まさに9条は、日本国民自身の戦争犠牲者のみならず、日本軍の侵略・征服の犠牲となった諸国民の多大な血の結晶である。
  さらに戦後の日本の復興にとっても、「二度と戦争はしない」という憲法9条の平和のシンボルとしての意味は大きく、世界中からの復興支援を受けることができたし、経済復興を遂げた後も、日本の企業がかつて侵略したアジアの経済市場に参入できたのも平和のシンボルの9条が憲法に掲げられていたおかげである。つまり戦後の日本復興を可能にさせたものこそ憲法9条であったといって良い。「二度と侵略戦争はしない」という憲法9条を変えよという意見もあるが、日本の侵略戦争の犠牲になった世界の諸国民の同意なしには変更はできない。そのような意見は国連脱退と再びの世界戦争、第三次世界大戦を覚悟して言うべきである。
  憲法第9条の第二の意義は、それが「人類を核戦争による全滅から救う」ために生み出されたということである。そのために現在憲法第9条は国際反核運動のバイブルとなっている。そして国政平和ビューローのケイト・デュース前副会長が私に述べたところでは、全世界の反核世論は日本国民がこの9条を変えてしまうのではないかと心配し、固唾を呑んで見守っているというのである。
  この9条の反核の意義を確認するには、その生誕の秘密に迫らねばならない。
  9条は、言うまでもなく、ポツダム宣言の日本の武装解除、非軍事化に対応しているが、戦後の日本国憲法を巡るアメリカの対日占領政策に初めからあったわけではなく、実際「日本の統治体制の改革」(SWNCC-288)においても9条はない。平野三郎(『平和憲法の水源=昭和天皇の決断』講談社、1993年)によれば、9条の真の提案者は、マッカーサーではなく、天皇の意を戴した幣原喜重郎であった(平野は、後の岐阜県知事となるが、当時、幣原の側近であった)。そのことは、2006年7月26日放送 テレビ朝日系『報道ステーション』「スクープ 昭和天皇が戦後すぐ”戦争放棄”を表明」によって、さらに明らかになった。
  平野三郎によれば、1946年1月24日の幣原・マッカーサー会談にむけて天皇は幣原に「思い切った提案をして来い」と命じ、『マッカーサー回想録』(朝日新聞社、1964年)によれば、幣原は、「新憲法に非戦条項を入れることを提案した。日本にいかなる軍事機構をも禁じるような憲法にしたい。」とのべた。なぜならもし第三次世界大戦が起きれば、人類は原子戦争により全滅するであろう。したがって、もはや戦争に意味はなくなったのであり、戦争放棄することが世界平和の唯一の方法だからであると述べて、マッカーサーを驚かせた。そしてマッカーサーも「戦争はとくに原爆の完成によって国際紛争を解決する手段としては時代遅れになった」と答え、二人は意気投合し、最後に幣原は、「世界は私たちを非現実的な夢想家として嘲(あざけ)り笑うでしょうが、百年後には預言者として呼ばれることになるでしょう」と述べたとマッカーサーは回想する。ここから明らかになるように第9条の今日的意義は冒頭に述べたように「人類を核戦争による全滅から救う」ことなのである。この目的が達成されないのに原爆犠牲者の血の結晶でもある9条を変えることは、被爆者への冒涜であり、政府の行為による戦争を阻止できなかった日本国民の二回目の世界的敗北を意味することになる。
  1999年5月全世界の1万人の反核指導者が一同に会した世界平和市民会議で採択されたハーグ平和アピール「公正な世界秩序基本10原則」の第一条には「各国議会は日本国憲法第9 条を採用せよ」と定められた。果たして幣原の予言どおり、原爆から54年、全世界の平和運動は初めて反核運動のバイブルとしての9条の世界史的意義を確認したのである。まして1996年には国際司法裁判所で核兵器の違法判決が出ているのである。核兵器を使用すれば、生物化学兵器を使ったと同様に国際法違反で裁かれることになる。

2. 近年の遺伝人類学の成果がもたらす世界平和にとっての極めて重要な意義
  人間は、生物としての進化の過程で、最初は、アメーバのような原始生物から魚を経て哺乳類となり、猿人を経てホモ・エレクタスとなり、ついにはホモ・サピエンスに進化したが、アラン・ウィルソンのミトコンドリアDNAなどの研究(「ミトコンドリアDNAと人類の進化」Nature、1987年1月号)を始め、遺伝人類学による人類の系統樹の分化に関する近年の研究成果によれば、ヨーロッパ人も日本人も、アフリカ人も中国人も、ミトコンドリアDNAをたどれば全てに共通の約14万年前の共通の唯一人の母にたどり着いた。彼女は「ミトコンドリア・イブ」と名づけられる。彼女はアフリカに生まれ、そこからその子孫が全世界に展開した。まさに人類は本当に皆兄弟なのであった。では、なぜ戦争しなくてはならないのか。同じ家族ではないか。

むすび
  これからは高校生も日本史や世界史できっと習う『ミトコンドリア・イブ』の発見の意義はきわめて大きい。人類は皆同じ母親から生まれた血を分けた兄弟であり、紛れもない親戚であることが科学的事実によって証明されたのであるから。人種の違いなどというのは単なる日焼けの度合いと環境への適応の結果に過ぎないことが明白になったのだ。このことは人類が決して戦争をしてはならないという客観的根拠にもなり、9条の意義を全世界が理解できることを意味しよう。
  さらに2011年3月11日の福島原発震災により、原子力発電所の核事故が示すところは、原発も、憲法9条の「核戦争による全滅から人類を救う」という目的からすれば、日本国内には絶対にあってはならない違憲のものであったということである。この問題については、また、別の機会に詳しく述べられよう。

 
【近藤真(こんどう まこと)さんのプロフィール】
岐阜大学地域科学学部教授。専門は憲法学。
著書・論文:環境と民主主義―発想の転換、ニュージーランドの在外選挙制度、ニュージーランドの行財政改革―福祉国家の現実など。