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「中学・高校での憲法への期待――教科書の記述問題点をふまえて」
2011年10月10日
高良鉄美さん(琉球大学法科大学院教授)
 

 日本国憲法の基本原理は言うまでもなく国民主権、平和主義、基本的人権の尊重である。戦後、日本国憲法が誕生しながら、沖縄に憲法は適用されず、一方で、沖縄に対して日本の「潜在主権」はあると言われた。いかにも都合の良いやり方である。憲法の3基本原理は外形的にさえ、沖縄に現れることはなかった。沖縄から自分たちの代表を選んで国会に送ることができなかった。日本は戦争をしている訳ではないのに、沖縄は戦争当事国のように「戦力」を置き、行使していた。米軍基地のために土地が強制接収され、適正な補償もなく、財産権が侵害された。米兵の犯罪に対して沖縄側は裁判権すらなく、住民は人間の尊厳を踏みにじられていたのである。
  復帰前の沖縄はどんな教科書を使っていたのですか、英語でしたかという質問をされることがあるが、日本本土の教科書と同じ教科書を使用していた。
  米軍統治下の沖縄において、小学校高学年の社会科の教科書ではじめて日本国憲法のことを習った。小学校であるから憲法の内容が詳しく書いていた訳ではないが、前文と第9条が大まかに説明されていたものだったと思う。それまで読んだどの本よりも衝撃的だった。
  当時の沖縄は、軍服の兵士が闊歩し、米軍機が爆音を立てて飛び交い、沖縄住民の平穏な生活を脅かしていた。時に凄惨な墜落事故で民家や学校までが破壊され、何の落ち度もない住民の命が奪われていた。悲惨な沖縄戦を経てきたこの島で当時の地上戦を彷彿させるような砲撃訓練、上陸訓練、行軍などが行われた。ベトナム戦争でなくなった兵士や負傷兵が一時沖縄に体を置き、ベトナムの泥の付いた戦車や軍用車などが陸揚げされていた。
  教科書の憲法の記述を見たとたん、「この憲法は沖縄を救う!」、そういう思いが幼いながらも頭に浮かんだのである。中学・高校の教科書ともなれば、さらに平和憲法の内容を詳しく伝えていた。こんなすばらしい憲法のある国に復帰をするなら、どんなに良いだろうか。教科書が沖縄の子どもたちに夢を持たせたのである。子ども達だけでなく、大人もそうであったであろう。
  最近の中学向けの社会科系教科書には、夢を持たせるような姿勢に欠けているものが見られる。憲法に関しては、いかにも平和憲法が現代日本にとって良くないものであるかのような記述が散見される。改憲しなければならないというニュアンスを強く盛り込んでいるもの、国民主権の基本原理の下にありながら天皇制を不必要なまでに強調しているもの、自衛隊の軍事力を誇示するかのような写真を多く掲載しているもの、基本的人権の価値を強調するのでなく、義務の重要性を訴えるもの、平和憲法が時代遅れであるとするものなどが例である。
  憲法は国や社会の基本的方向性を示すものである。上記のような一部教科書の記述は、憲法の目指す社会とはズレていく方向性を持っている。冒頭に示した憲法の3基本原理さえ、ゆがめているようで、主権者教育に影を落とすといってよい。中学、高校といえば、5,6年ほど先には選挙権を有し、国政に代表者を送る大事な1票を投ずる主権者となるのである。ましてや、選挙権を18歳に引き下げる議論が進行している昨今では、ほとんどが高校を卒業する時点では選挙権を有することになる。教科書で国民主権や平和主義、基本的人権についてどのように説明を深めて理解を積み上げていくのかが大切であるにもかかわらず、ますます政治的無関心、軍事力重視、人権感覚麻痺などを助長してしまうのではないかと危惧する。
  「あなたは自分の基本的人権をしっかり行使しますか?」という問いに、小学生はかなり高率でやりますと答えるが、中学、高校と教育と歳を重ねるにつれ、その率は下がってくるという。戦後平和憲法ができたとき、憲法によって大人が将来の日本社会に夢を持ち、子どもにその夢を教えようといろいろ努力したという。沖縄の復帰前は、平和憲法施行し半世紀遅れであったが、まさにそうであった。現代日本社会の閉塞感の元凶は、平和憲法の理念から遠ざかって行きつつあることから出ているのではないだろうか。
  憲法ができて間もない頃の文部省による「あたらしい憲法のはなし」の発行と、その後の文部省(文科省)による教科書検定の際の検定意見・記述変更指示・不合格処分とを比較すれば、平和憲法の理念と日本における教育行政の流れとが大きくズレてきていることが明らかであろう。平和憲法の理念をじっくりと掘り下げて理解していくことを子どもの頃から主権者になるまで積み上げていくことでこそ、日本の未来を明るく夢のあるものにするために作られた憲法の目的は実現されるのである。

 
【高良鉄美(たから てつみ)さんのプロフィール】
琉球大学法科大学院教授。専門は憲法学。著書:『沖縄から見た平和憲法』(未来社)など。