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憲法こそが災害復興の基本法
2011年10月17日
津久井進さん(弁護士)
 

 東日本大震災の被災地に立つと言葉を失う。
  眼前に広がる甚大な被害や,目に見えない放射線の恐怖を前にして,誰もが途方に暮れてしまう。
  法律家も同じである。私などは,「自分に何ができるだろうか・・・」と,強い無力感に襲われた。
  しかし,絶望の淵に立たされているのは被災者の方々にほかならない。彼・彼女らの人権は危機に瀕している。少しでも希望に変える手立てが必要だ。
  こうした絶望を和らげ,希望を回復することが,法の使命にほかならない。それを目に見える形でテキスト化したのが日本国憲法である。
  憲法は復興基本法なのだ。

 日本の憲法が災害復興の基本法であるというのは,理由がある。
  憲法を制定したとき,日本の国土は焦土化していた。「ここからどうやって立ち上がっていこうか…」,それが全国民に共通の課題だった。
  あまり知られていないけれども,第二次世界大戦の前後は,地震活動期と重なっていて,自然災害の被害も受けていた。
  戦争前後の4年間だけをみても,鳥取地震(昭和18年),昭和東南海地震(昭和19年),三河地震(昭和20年),昭和南海地震(昭和20年)といった大規模地震ほか,昭和17年,18年に襲来した台風でも,千人規模の死者・行方不明者が出た。さらに,数百人規模の死亡者が出た台風,竜巻,水害も立て続いていた。
  これは,異常気象だけでなく,戦時中で国土が荒廃していたことも原因だろうが,日本国民は,戦争と自然災害のダブルパンチで,絶望の淵に立たされていたのである。

 そんなとき,新しい国のかたちを創ろうとしてできたのが日本国憲法である。
  復興のあり方をデザインし,希望を書きこんだのは,当然のことだったと言えるだろう。
  憲法制定をめぐって国会で展開された議論を,いくつか拾ってみよう。
    「総じて国民生活の安定確保に万全を期することこそ,戦後復興の第一歩であります。」(東郷實大臣)
    「再起復興の意気込みとを失わないように致さなければならぬ」「我が国当面の急務は国民生活の安定であります」「復興は産業の復興によって可能となる…主として中小商工業に依存する」(幣原喜重郎総理大臣の所信表明)
    「国民生活の安定を図ることが急務である」「新生日本の建設の基盤たるべき憲法改正案が勅命によって付議せられました…諸君と共に国家最高の法典たる憲法改正を議することを無上の光栄と致します」(吉田茂総理大臣の所信表明)
    「いかにして希望の光を彼等に与えることが出来るか…全てこれらは民主的憲法の制定と,新憲法の裏付けとなるべき国民文化の向上とによってのみ成し遂げ得る」(芦田均憲法改正案委員長)
  どれもこれも東日本大震災の被災地に届けたいメッセージと重なるのではないだろうか。

 今,東日本大震災の被災地に希望を取り戻すために必要なものは何だろう?
  あえて3つ挙げるとすれば,「安全」と「住宅」と「仕事」ではないか。
  これらはいずれも,憲法上の人権メニューに列挙されている。「安全」は憲法13条で生命を最大限に尊重すると書いてある。「住宅」は居住自由と生存権で手厚く保障されている。「仕事」も営業自由と勤労の権利によって裏付けられている。
  こうした人権メニューを被災地バージョンに置き換えれば,決して間違うことはないのである。

 現在,国や地元自治体における復興計画で,あれこれと議論がされているが,なかなか結論が出ない。なぜか?
  やはり出発点を間違えたのだ。
  政府は,東日本大震災復興構想会議で復興のあり方を検討し,その結果を『悲惨の中の希望』という提言にまとめた。これが復興の出発点となる。ところが,この提言にはどうしても理解できない不思議な点が3つある。
  ひとつは「人権」あるいは権利という言葉が一つも出てこないこと。ふたつめは「日本経済の再生なくして被災地域の真の復興はない」と,被災地中心を捨てて,国家経済重視の発想に立っていること。三つ目は最大の問題であり,「一人ひとりの被災者」を主体とする記述が,全く欠けていることである。
  日本国憲法の出発点は,言うまでもなく「個人の尊重」である。一人ひとりの人間を大事にしていこうという発想が,基本的コンセプトになっている。
  それが完全に欠落している。だからこそ,今,声を大にして言いたい。「今こそ憲法に基づいて復興を語ろう!」と。

 こうした話に,直ちに共感をしてくれるのは,教育の現場に立つ先生たちである。
  きっと,一人ひとりの人間に向き合い,希望と共に人間を育てているからだろう。個人の尊重と幸福追求権が,日常的で身近な課題なのだ。
  「災害は忘れたころにやってくる」というのは寺田寅彦の言葉である。憲法の理念を忘れなければ,災害復興の道筋も立てられるに違いない。
  防災訓練だけが災害教育ではない。私は,災害教育と憲法教育はワンセットと考える。

 被災地では自殺者が増えている。絶望が命を奪ったとも言える。
  今,必要なのは希望の灯である。
  憲法に即して言えば,一人ひとりの人間に,幸福追求の権利を取り戻すこと,にほかならない。

 
【津久井進(つくい すすむ)さんのプロフィール】
 弁護士。1995年4月神戸弁護士会に登録。現在,弁護士法人芦屋西宮市民法律事務所。阪神・淡路まちづくり支援機構事務局長。日本災害復興学会会員。
  自然災害の被災地の支援活動に弁護士として取り組む。
  近著 『災害復興とそのミッション−復興と憲法』クリエイツかもがわ 2007年 片山善博氏と共著 , 『大震災15年と復興の備え』クリエイツかもがわ 2010年 共著 , 『Q&A被災者生活再建支援法』商事法務 2011年 など。