教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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子どもへの憲法教育の課題〜アメリカ合衆国を手がかりに〜
2011年10月24日
中原朋生さん(川崎医療短期大学准教授)
 

江戸時代に作られた合衆国憲法
  日本の子どもが、憲法を活用できる主権者となるために、どのような憲法教育が必要でしょうか。成文憲法発祥の地であるアメリカ合衆国における憲法教育を手がかりに考えてみたいと思います。
  1787年に制定されたアメリカ合衆国憲法は、現在も効力を有する世界最古の成文憲法です。1787年は、日本でいうと江戸時代、ちょうど松平定信の寛政の改革の時期です。アメリカ市民は、220年以上前に制定されたこの歴史的な文書を、本文には手を加えず、修正条項を追加する形で今も“生きた憲法”として活用し続けています。合衆国憲法の主な内容は、厳格な権力分立を定めた“統治機構(Government)”と、1791年に追加された人権カタログ“権利章典(The Bill of Rights)”の二つです。合衆国憲法は制定以来、@市民が主権者となるべきである(民主主義)、A巨大な国家権力は危険であり憲法によって監視すべきである(立憲主義)、B個人の自由や多様性を最大限尊重すべきである(個人の尊重)といった社会づくりの基本理念を宣言し続けています。

憲法教育を重視するアメリカの学校
  このような背景からアメリカの学校教育は、憲法教育を非常に重視しています。合衆国憲法の理念にもとづく有為な市民(Citizen)の育成が、学校教育全体の究極の目標といっても過言ではありません。そこでは、就学準備クラスとなる幼稚園から高校まで、道徳教育、社会科教育、特別活動、学校行事など様々な場面において憲法教育が展開されています。
そして、公民教育センター(Center for Civic Education)、憲法上の権利財団(Constitutional Rights Foundation)、国立憲法センター(National Constitution Center)といった憲法教育推進団体が、教科書・教師用指導書・学習資料・ワークシート・DVDなどが一体となった教材を数多く開発し、憲法教育を支援しています。では、具体的にどのような憲法教育が展開されているのでしょうか。

幼稚園からはじまる憲法教育
  アメリカの子どもは、まずキャラクター・エデュケーション(Character Education)と呼ばれる道徳教育において、合衆国憲法の理念をじっくり学んでいきます。キャラクター・エデュケーションとは、学校全体で市民性(Citizenship)・公正(Fairness)・責任(Responsibility)・尊重(Respect)・寛容(Tolerance)といった民主主義社会を成立させている価値概念を10程度選択し、1つの概念をひとつの単元として、幼稚園から高校まで繰り返し学習していくものです。
  例えば、寛容(Tolerance)という単元では、合衆国憲法修正1条における信教の自由や多様性の尊重といった理念を研究していきます。幼稚園における単元「寛容」では、寛容を「自分と違う人を大切にすること」と定義します。続いて、様々な人種が描かれたシートに、クレヨンで色をつけていきます。また宗教的な衣装を身に付けた多様な人々のポスターを教室に貼ります。そして、「宗教的なスカーフを被る子ども」「英語が話せない子ども」「女の子が好む人形が好きな男の子」など、学校で出会う様々な子どもへの対応のあり方を議論していきます。その議論のなかで「自分と違う人を大切にすること」とはどういうことか研究していきます。このように、多様性の尊重という合衆国憲法の基本理念の研究を幼稚園の子どもにも促し、憲法教育の入口としています。

社会科における冷静な憲法研究
  キャラクター・エデュケーションが合衆国憲法の理念を子どもに“熱く”育成しようとするのに対して、社会科教育は合衆国憲法をその問題点も含めて“冷静に”研究することを促します。
  まず、憲法によって権力を制限することの意味や権力分立といった統治機構について、日本の子どもよりかなり早い時期から学習をはじめます。州や学校によってカリキュラムの違いがありますが、私が授業参観したインディアナ州の学校では、小学3年生が三権分立を学んでいました。基本的な政治システムをできるだけ早く学習し、そのシステムが生む政治の実態をじっくり研究させたいという姿勢を感じました。また、同じくインディアナ州の別の学校では5年生がキューバ危機をテーマに、大統領ケネディーが第三次世界大戦勃発ぎりぎりの選択に迫られたことを学習していました。子どもは、合衆国憲法が行政府のトップである大統領に、世界中を戦争に巻き込む危険性もある、強大な権限を与えていることを冷静に研究していくわけです。
  また合衆国史の教材のなかには、アメリカの歴史を民主主義や憲法の発展史と捉え、憲法教育として歴史学習を展開するものも数多く存在します。例えば前述した憲法上の権利財団が開発した『自由の基礎:生きている権利章典の歴史』は、まるごと憲法教育のための合衆国史教材です。主に中学生を対象とした本教材では、「なぜ合衆国憲法が生まれたのか?」「憲法制定時、連邦派と反連邦派はどのような議論を戦わせたのか?」「あなたは連邦派と反連邦派のどちらの主張が正しいと思うか?」といった問題に取り組ませます。子どもは、憲法制定時の社会状況の冷静な分析と、その当時なされた議論を追体験していきます。子どもを主権者としての市民として、憲法制定時の議論に参加させるわけです。
また第二次世界大戦という単元では、日系人強制キャンプを題材に、「なぜ大戦中、ドイツ系アメリカ人は強制収容されなかったのに、日系アメリカ人は強制収容されたのか?」「戦争中のような非常時に、合衆国憲法はうまく機能したのか?」といった問題を探究します。ここでは、人種差別や戦争といった問題をクリアできなかった合衆国憲法の負の歴史も冷静に研究していきます。

憲法教育の方法論としての“議論学習”
  高校になると、憲法学的アプローチによる本格的な憲法条文学習も展開されます。しかし、日本の憲法学習と異なり、条文からはじまる憲法学習ではありません。まず各々の条文が「どのような社会状況から」「誰がどのような議論をして」「なぜ、その条文が生まれたのか?」、各憲法条文の成立史から研究をはじめます。そして判例によって、条文の理念がどのように解釈されてきたのか、その変遷を研究していきます。そのような学習を踏まえて、ディベートや模擬裁判、ロールプレイやパネルディスカッションといった“議論学習”を徹底的に展開していきます。
  このような議論学習は、幼稚園から高校まで一貫した憲法教育の方法論となっています。アメリカは合衆国憲法の下に、主権者としての市民が自由闊達に“議論”を展開し、自由主義社会を構築してきました。学校においても憲法の理念にもとづき、子どもを個人として尊重し、各々が自由に意見を交わせる授業やクラスづくりによって憲法教育を展開しています。子どもにとっては、まさに学校や教室そのものが社会なのです。そこは子どもたちが他者を尊重しながら自己の主張を表現していく、民主主義の実習の場となるわけです。

アメリカの憲法教育から学ぶもの
  以上、アメリカ合衆国の憲法教育を概観してきました。アメリカの学校教育は多様であり、ここではその一部をご紹介したに過ぎません。しかし、私が感じるのは、憲法教育が社会科の単なる学習領域ではなく、あらゆる機会をとらえて展開される学校教育の究極の課題であるということです。憲法にもとづく社会づくりを、子どもたちに託していく場が憲法教育ではないでしょうか。
  アメリカ合衆国憲法と同様に個人の尊厳を基本価値とする日本国憲法は、改正や修正を加えられていないという面で世界最古の成文憲法となっています。日本の憲法教育もアメリカに学び、歴史ある憲法に誇りを持ちつつ、冷静にそれを研究していく学習が重要ではないでしょうか。日本の子どもたちが、憲法について主体的に議論し、憲法を活用できる市民となることを願っています。

 
【中原朋生(なかはら ともお)さんのプロフィール】
 川崎医療短期大学医療保育科准教授。専門は社会認識教育学。特にアメリカ合衆国における幼稚園から高校までの憲法教育について研究。本コラムに関連する主な論文・著書は次のとおり。
「『権利に関する社会的ジレンマ研究』としての社会科−権利学習プロジェクト『自由の基礎』を手がかりに−」全国社会科教育学会『社会科研究』第58号2003,pp51-60。「開かれた法認識形成−法的議論学習の論理−」日本教科教育学会『日本教科教育学会誌』第29巻第1号2006, pp19-28。社会認識教育学会編『公民科教育』学術図書2010(共著)。「子どもの公正概念の発達論にもとづく立憲主義道徳学習‐米国キャラクター・エデュケーション教材を手がかりに」法と教育学会『法と教育』第1号2011,pp8‐18。