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貧困問題と憲法教育
2011年11月21日
伊東 弘嗣さん(司法書士)
 

 今となってはきっかけは良く覚えていませんが、私は、司法書士になる前から街を歩くホームレスの方に何かできないかと思うようになり、司法書士になってからは、ホームレスの問題も含め広く貧困問題に取り組むようになりました。
  さて、貧困問題というと、憲法25条(生存権)の問題と一般的には考えます。それは確かに間違えてはいないのですが、より大事なことは、貧困問題に取り組む上では、現実に起こっている出来事に即して憲法25条の意味を考えないといけないということを強く感じます。
  ここで、憲法25条は、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」とし、国が国民に、単に生きながらえられことのできる最低限度の生活だけではなく、「健康で文化的」に生きることのできる生活を保障します。
  では、この「健康で文化的」とは一体いかなる生活なのでしょうか。私自身、憲法を勉強していた学生の頃は深く考えたこともありませんでしたし、今でも明確な答えがあるわけではありません。
  理解を深めるために、一つの題材を取り上げたいと思います。「健康で文化的」という問題を、生活保護制度の問題で考えてみましょう。生活保護法は、その一条で、「この法律は、日本国憲法に規定する理念に基づき」と規定しており、生活保護制度は、まさに、憲法25条を具体化した制度であると言えます。
  私は、日頃から生活保護をこれから利用しようとしている方や、生活保護を現在利用している方の支援をしていますが、生活保護制度において問題として表面化するのは、「生活保護をもらっている人がお酒飲んでいる。」とか「パチンコをしている。」などという非難の声です。
  しかし、生活保護を利用している人が、全くお酒を飲んではいけないのでしょうか。パチンコをしてはいけないのでしょうか(なお、ここでいうパチンコとはあくまで娯楽としてのパチンコであり、ギャンブルとしてのパチンコを意味するものではありません。)。
  これは、言葉を変えると、健康で文化的な生活とは、好きなお酒を飲むことすらできない生活か否か、趣味として楽しむパチンコすら制約される生活を強いられる生活なのかということです。
  このような具体的な問題から、憲法25条が規定する「健康」でかつ「文化的」な生活とは、いかなるものかを、自分の価値観で、一度立ち止まって考えてみてほしいと思います。
  また、最近では、働く能力のある人も生活保護を利用せざるをえない場面が増えてきていますが、「働ける人がなぜ生活保護をもらえるの?それは仕事をより好みしているからじゃないの?」という声を聞くこともあります。確かに、現在は、好きな仕事に就きたくてもその選択肢があまりない状況ですので、「(こういうとコンビニに働いている方には大変失礼な言い方ですが)コンビニのバイトでも何でもしたらいい。」という考え方もあるかもしれません。しかし、目の前にある短期の仕事をすれば問題は解決するでしょうか。短期の仕事はあくまで短期であり、期間が切れればその次の仕事が保証されているわけではありません。しかもたいてい時給がそれほど高くなく、短期の仕事だけで生計を立てようとすると、長時間の勤務やダブルワークを余儀なくされますし、生活するのが精いっぱいで貯金する余裕もないでしょう。そうすると、もっと長期で働ける仕事を探す時間的・精神的余裕すら無くなり、期間が切れて仕事を失った時には蓄えもなく、途方に暮れることになります。
  このような貧困問題は、憲法22条1項の保障する職業選択の自由の問題としてとらえることもできるでしょう。
  なお、誤解のないように敢えて説明しておきますが、働く能力のある人でも、働きたくても働く場所がなければ生活保護の利用はできます。
  また、貧困問題は、憲法13条(基本的人権の尊重)や14条(平等権)の問題ということもできます。
  例えば、ホームレスは「なまけものの汚い人」、「近付いてはいけない怖い人」として、差別的な目で見られることも多く、そういった偏見から学生がホームレスを襲撃する事件が起きています。ホームレスの寝ている家に、ホームレスが寝ていることを知りつつ物を投げ込んだり、ホームレスに火をつけるというような殺人事件ともいえるような事件が現実に起きています。
  大人になるまでは、私自身も、ホームレスは「なまけものの汚い人」、「近付いてはいけない怖い人」だと教えられてきました。しかしながら、実際にホームレスの方々のお話を伺う機会にも恵まれると、そのような偏見はすぐに無くなります。好きでホームレスを続けておられる方などいないということを知ることができます。中には口では好きでやっているという方もいますが、それは本心ではなく、本当は家で温かい布団で眠りたいと誰もが思っているのです。もとはごく普通の生活をしていたのに、何らかの事情があってホームレス生活を強いられているにすぎないのです。また、ホームレスの大部分が何らかの知的・精神的障害の問題を抱えているという調査結果もあり、ホームレス=なまけものという公式は一般的に当てはまるものではないことがすぐに分かります。
  しかし、人は中身を見ず、外見だけで人を判断しがちです。しかし、それを禁止するのが憲法13条や14条だと思います。
  同じように、シングルマザーは、自分の都合だけで離婚をした人という誤った見方もあるように感じます。しかし、実際は、DV(家庭内暴力)を受け、養育費ももらえず、小さい子供を抱えているためにフルタイムで仕事することもできず、苦しい生活を余儀なくされているのが現実です。
  以上のように、貧困問題は、憲法を実践的に学ぶ題材になりうるものです。でも、私がそれ以上に学んでもらいたいと考えることは、実感することの重要性です。一度偏見に陥ってしまうと、当事者以外の人からの言葉だけではなかなか納得できないものです。実際に当事者の話を聞き、肌で感じれば、間違った考えはとたんに瓦解するでしょう。

 
【伊東 弘嗣(いとう ひろつぐ)さんのプロフィール】

平成18年司法書士登録。大阪司法書士会人権委員会副委員長。大阪司法書士会自死問題対策委員会所属。反貧困ネットワーク実行委員会所属。近畿生活保護支援法律家ネットワーク幹事。関西囲い屋対策会議所属。賃貸住宅追い出し屋対策会議所属。大阪いちょうの会依存症問題対策委員会委員長など。