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中学・高校の憲法教育に期待する〜人権教育と憲法
2011年12月5日
山本 克司さん(聖カタリナ大学 人間健康福祉学部教授)
 

 私たちは人権教育といえば、体験型の教育を思い浮かべます。すなわち、様々な分野で差別された方々の声を多くの人に知ってもらえるような学習が中心となっています。このように感情に訴える教育は大切です。しかし、これと同時に憲法学で形成されてきた理論に基づく人権教育を行なうことを忘れてはなりません。なぜならば、感情に基づく人権意識は、人との関係の変化により意図も簡単に変容するからです。例えば、私たちが高齢者に対して思いやりのある接し方をしても、相手から思い通りの接し方を受けなければ「優しさ」が「敵意」に変化してしまいます。これでは、人権尊重の意味がありません。高齢者や児童に対する虐待はこのような感情の変化が背景にあります。そこで、私たちは、どのような場合に遭遇しても感情に左右されない確固たる人権意識をもたなければなりません。では、どうすればよいのでしょうか。
 私は、この問題の解決として、中学・高校の人権教育において、憲法学で形成された理論に基づいた体系的な人権学習が必要だと考えています。この範囲は広範になりますが、特に、「個人の尊厳」の理解、「自由権」の理解、自由を調整する場合の人権調整、自由を補完する役割を担う社会権(特に生存権)の理解、法の下の平等の理解が重要だと考えます。
 中学生や高校生に人権について興味をもたせるためには、先ず、憲法学習を通して人権の体系を理解させる必要があります。具体的には、人権の中核は個人の尊厳であること。これを現実的に保障する手段として人権があり、その中核は自由権であること。しかし、自由だけでは、社会的に弱い高齢者、障害者、幼児、生活困窮者などの生存が危機に瀕するので、それを補い実質的な自由を保障するために社会権があり、その中核が生存権であること。そして、誰もが自分の思い描いた人生を社会のなかで最大限尊重されるためには、人権の価値は同じであること(法の下の平等)。日本国憲法が制定された当時は、問題とならなかったことが現代社会では、個人の尊厳を侵す危険性があることから判例で「新しい人権」が登場してきたという流れの教育です
 また、国会・内閣・裁判所・地方自治を単なる制度として教えるのではなく、人権カタログで最も重要な自由権の理解との関係で教育することを忘れないで下さい。すなわち自由の実質的保障手段として権力分立に基づき憲法の統治機構が制定されているということです。そして、人権との関係で、国会と内閣は多数決原理が支配するので、少数者の人権が侵害される危険性があること、それを防ぐ人権保障の最終機関が裁判所であるという風に教えて欲しいと思います。
 人権学習においては、人権の論点を明確化して教育することが必要です。法の下の平等(憲法14条)を例として考えてみましょう。私たちは、人権教育において「差別してはいけない」ことを学びます。しかし、これだけでは生徒は実社会の中で差別の問題に対応することはできません。現代社会における国家観が夜警国家から福祉国家に変容することによって平等は「形式的・絶対的平等」から「実質的・相対的平等」になっていることや憲法14条に列挙されている差別は例示であり、これに制限されるものではないことなども教育しなければなりません。また、社会的に弱い立場の人に支援をすることは大切なことであるけれども、それが過剰になるといわゆる「逆差別」が発生することなど、複眼的な視点も教育する必要があります。
 このような人権の論点の他に、人権調整についての教育も必要です。私たちは、社会の一員ですから、人権の無制約な主張は他人の人権と抵触します。それゆえに、一人ひとりの個人の尊厳が保障されるためには人権調整が必要となるのです。人権調整については、三つの視点からの教育が必要です。第一は、内心の自由は絶対保障であり、制約できないこと、第二は、人権調整の憲法上の明文規定は「公共の福祉」であるが、不明瞭なのでより明確な人権調整が必要なこと、第三は、人権の調整基準は人権の種類により異なることです。具体的には、表現の自由は民主主義と密接に結びつくので自由の制約は必要最小限となるような配慮が必要である(厳格な基準)こと。社会的弱者を守るために経済的自由を調整する場合は、合理的な理由があれば制約できる(合理性の基準)などです。
 これらの教育は、憲法学の学習内容であり、中学生や高校生には難しいかもしれません。それゆえに、学習を担当する先生におかれましては、より分かりやすく、具体的に、日常に即した表現で教育されますことを期待します。

 
【山本 克司(やまもと かつし)さんのプロフィール】

聖カタリナ大学人間健康福祉学部教授
憲法学と社会福祉の学際領域における人権問題を研究している。
憲法、法学担当教員の他、社会福祉士として特別養護老人ホームの理事長代行をしている。
著書として『福祉に携わる人のための人権読本』単著(法律文化社)、『プライム法学・憲法』共著(敬文堂)、『人権保障と行政救済法』共著(成文堂)、『地方自治法と自治行政』共著(成文堂)、『権利擁護と成年後見制度』共著(みらい)など