教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
トップページ 憲法教育を考える 「中学・高校の憲法教育への期待 ――地域を通じて学ぶ」
 
「中学・高校の憲法教育への期待 ――地域を通じて学ぶ」
2011年12月12日
新井誠さん(広島大学大学院法務研究科教授)
 

 中学・高校の教科書、あるいは大学入試の問題などを見ると、日本の中等教育では、ある程度専門的な憲法の知識が教えられていることが判ります。しかし、よく指摘されるように、そこでの憲法学習はどうしても試験のためのつめ込み型になってしまうのも事実のようです。憲法を支える歴史や思想を知り、なぜ憲法が制定されているのか、その憲法が私たちの生活において具体的にいかなる意味を持っているのか、を自分自身に関連することとして理解してみると、さらに面白くなるように思うのですが…。
 さて、「憲法を自分自身の生活との関連で理解すること」が大事であるとして、私たちはそのことをいかに学ぶべきでしょうか。実はこの問いは難しい課題です。国の基本法である憲法の理論や解釈は、一国内において汎用性があると観念されることで、より普遍的で強力な憲法論の構築がなされると通常理解されています。ですから、各地の事情を汲み取りすぎた、あまりにも生活感にあふれた憲法論というのは、憲法価値の実践にとっては逆の効果を持ってしまう可能性もあるのです。私自身も憲法研究者としてそうした考え方に一定のシンパシーを感じなくもありません。
 ただ他方で、憲法に関連する各地の諸問題を考えるとき、「中央」の統一化された1つの目線だけで各地の憲法事情を分析してしまってよいのかとの懸念もまた生じます。そうした思いに至るのは、大学院まで関東で過ごした私の教員としての初任地が、北海道東部の釧路であったことに深く関係するかもしれません。間にいくつかの町を挟んだ隣の市(東に根室市、西に帯広市)の市街地まではどちらも約120キロ離れ、その間に何度も原野が広がるという空間における地域社会の成立の仕方、極寒の中での人の生きる方法、等々、釧路への赴任で感じたのは、それまで過ごした東京などの地域のあり方との大きな違いでした。そこで私は、それまでの私の中に築かれた<社会通念>のもとでは見えない、別の<社会通念>に基づく憲法理解を意識するようになったのです。いわば、憲法をめぐる2つの目線が同時に存在するといった状態です(この「2つの目線が同時に」という着眼については、私の元同僚で、同じく教員としての初任地として釧路で生活した英文学研究者の、大貫隆史「ロンドン・アイからダブル・アイへ―1950年代の若者たち、そして労働者たち」川端康雄(他)編『愛と戦いのイギリス文化史 1951‐2010年』(慶應義塾大学出版会、2011年)37頁以下を参照ください)。
 こうした経験を出版社の方にお話ししたところ「そうしたことは、各地の憲法研究者も経験しているのではないか」といった感じで興味を示していただきました。その結果、各地域を題材とする憲法事情について執筆いただくことを各地の憲法研究者にお願いした雑誌連載が始まり、それをまとめた本が最近刊行されました(新井誠・小谷順子・横大道聡編著『地域に学ぶ憲法演習』(日本評論社、2011年))。今こうして1冊にまとまったものを見返しながら、各地に住むことでわかるその地域事情の下で憲法の諸理念がどのように理解されうるかについて考え、<住んではいないけれども、なお、その地域に思いを寄せる>ことの意義を再度噛締めています。本書のもととなる雑誌連載が終了した直後の2011年3月11日、東日本は未曾有の大災害を経験することになりました。私は本書の「はしがき」で、今回の地震と津波による、「都市(中央)」と「地域(地方)」との分断の危険性を嘆きましたが、こうした時であるからこそ、以上に見たような地域への目線がこれまで以上に重要になるように思えてなりません。
 私の古い記憶では、小学校では自分の住む地域社会を題材とする社会科教育が一定程度なされつつも、中学・高校になるとそうした目線での教育内容は消えていったとの思いがあります。公民分野における憲法教育もしかりです。私は、小学生に比べればより客観的な思考ができるであろう中学・高校生の教育においてこそ、「その地域だから考えられる」という視点を忘れない憲法教育の実践がなされるべきで、そこで生徒が「普遍から」と「地域から」という憲法を観る<2つの目線>を養い、その間を何度も往来し、より深遠な憲法の世界を知る「よき市民」へと成長できる教育がなされればよいな、と考えます。他方で、「普遍から」の憲法教育の実質化については憲法研究者からの応援メッセージも多く届くと思いますが、「地域から」のそれについては、批判的であるというよりも、無関心な憲法研究者も多いように思います。こうした無関心さの原因はどこにあるのかを私自身も自問しつつ、今後とも中学・高校における憲法教育のあり方についてさらに考えていきたいと思います。

 
【新井誠(あらい まこと)さんのプロフィール】

1972年生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学後、釧路公立大学、東北学院大学、各勤務を経て、現在、広島大学大学院法務研究科教授(憲法担当)。単著に『議員特権と議会制―フランス議員免責特権の展開』(成文堂、2008年)、共編著に『憲法のレシピ』(尚学社、2007年)、論文に「立法裁量と法の下の平等」法律時報1034号(2011年)、など。