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「ジェンダーに敏感な視点」をもつこと――家庭と学校をつなぐ
2011年12月26日
若尾 典子さん(佛教大学社会福祉学部教授)
 

 10年近く前のことになる。一人の女子学生が、指導教員とともに、私を訪ねてくれたことがある。深刻な様子の男性教員の傍らに、女子学生はふんわりした雰囲気で、静かに座っている。男性教員は、少々、興奮気味に説明を始めた。「彼女の父親が、暴力をふるうそうです。だから、家に帰りたくないといっています。どうしたらいいでしょうか」
 ちょうど児童虐待防止法やDV防止法が制定されたばかりで、家族による暴力にたいし社会的関心が高まっていた。それだけに、男性教員はすぐに、ことの重大さを受け止めたのであろう。それにしても、男性教員の熱心な訴えにたいし、当事者である女子学生は、ほとんど話をせず、深刻な表情もしないのには、内心、少し驚いた。
 考えてみれば、当たり前のことである。彼女はすでに自分のことを指導教員に話している。いやな経験、それも自分の親の問題を、何度も話したいはずはない。この問題は、ようやく最近、「ワンストップサービス」という形で、行政でも具体化されつつある。ホームレス支援でも、DV・性暴力被害者支援でも、当事者にとり必要な支援は、一ヶ所で対応する、ということである。縦割り行政の下、当事者は、支援の種類に対応して、たらいまわしされ、そのたびに自分の状況を説明する。それは、当事者にとり大変な苦痛である。女子大生が他人事のように遠い目をするのは、話すことへの彼女なりの自己防衛ともいえた。だから、私たちの最初の課題は、これから誰と話していきたいか、彼女にじっくり決めてもらうことだった。
 しかし、彼女との話合いを継続するにつれて、彼女の独特の雰囲気は、話をすることへの拒否感だけではない、ということがわかってきた。彼女は、さしあたり友達の家に居候することになったが、その友達にも事情を説明しているわけではないから、長期の宿泊は望めない。友達からもうだめ、といわれそうになると、彼女は私のところにくる。「先生、今晩、どうしよう」と、のんびり言いに来る様子は、最初とほとんど変わらない。朝からわかっていたはずなのに、授業に出席し、いよいよ帰るところがない時間になって、ようやく相談に来る。思わず、いまごろいわれても、といいたくもなる。しかし、彼女のおだやかさの裏にある、どこか、なげやりなところに、私も気付くようになった。
 長い間、親から暴力をうけてきた彼女は、「いま」をなんとか過ごすことで生き延びてきた。順序をたてて日常生活を決めていくことに意味のある人生を、彼女は保障されてこなかった。なにより、授業にでることは、彼女にとって安全な生活そのものなのである。
 あらためて、学校が、どんなに重要な場所なのかを、私は彼女から教えられた。彼女は、高校までは受験勉強ということで、学校に長くいることができた。ところが大学になると、早く帰宅するよう親から迫られ、その結果、彼女は家出を敢行した。着実に親からの自立を果たそうとする彼女の生き抜く力は、高校・大学に通うなかではぐくまれたのだ。もし、彼女が勉強を好きでなかったら、あるいは勉強ができなかったら、すなわち学校に居場所をみつけることができなかったら、どうなっていたのだろうか。
 私は、たまたま大学教員であり、大学生となった子どもたちに出会う。しかし、暴力を受ける子どものなかで、大学生になるのは少数派である。児童養護施設は虐待だけでなく、何らかの事情で、親と一緒に暮せない子どものための施設だが、入所できるのは原則18歳までである。そして18歳になった彼らのなかで、大学に進学するのは1割である。一般家庭の子どもが5割であることに比べて、かなり低い。
 しかも、親から暴力を受けていても、18歳以上は児童養護施設に入所できない。DV被害者のためのシェルターも、女子学生を受け入れることは困難である。なぜなら、シェルターは、基本的には夫から逃げる女性のためのものである。だから、大学生活を続けたい彼女の場合は、親から探索される危険性があり、難しい。
 家族による暴力は、性別役割分担論によって家族のなかに囲い込まれた女性たちにより「発見」され、その克服のための取組みも始まった。だが、その暴力的な家族のなかに、少女たちはいまだ取り残されている。家庭での暴力から家出をする少女たちは、路上で再び暴力に遭遇する。買春男性への依存は、少女らが18歳未満であれば、被害者として支援の対象となるはずである。ところが、当人も周りも「非行少女」とみなしがちである。
 中・高校は、家庭に居場所のない子どものための安全地帯である。学校で「ジェンダーに敏感な」教育をすることは、「近代家族」の脆弱性、不安定性そして暴力性を明らかにし、それゆえに憲法24条が、家族関係において「個人の尊厳」と「両性の平等」の保障を国に命じていることを確認し、そして、家族のなかに居場所がない子どもたちとともに生き抜く場所をつくることだ、と思う。

 
【若尾 典子(わかお のりこ)さんのプロフィール】

1973年名古屋大学大学院法学研究科修士課程修了。以後、那覇市・名古屋市・広島市と暮らし、現在は京都市に住み、佛教大学で教員をしている。著書には、『ジェンダーの憲法学――人権・平等・非暴力――』家族社、2005年、『女性の身体と人権――性的自己決定権への歩み』学陽書房、2005年などがある。