教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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――「知憲」のススメと「法教育」
 
中学・高校における「憲法教育」への期待――「知憲」のススメと「法教育」
2012年1月30日
高作正博さん(関西大学法学部教授)
 
 憲法をめぐっては、「護憲」(改正(悪)に反対する立場)、「改憲」(改正しようとする立場)、「追憲」(条文を追加しようとする立場)、「論憲」(議論を積極的に行おうとする立場)など、様々な考え方があります。しかし、その選択をする前に、最も重要なプロセスが抜け落ちていることに注意すべきでしょう。それは「知憲」です。憲法を「知る」ということです。議論の対象となる憲法そのものを知らなければ、変えるべきかどうかの判断はできません。その意味で、中学生や高校生が、憲法のことを知ることが、非常に大切だと思います。それでは、何をどのように知ればよいのでしょうか。
 第1に、憲法の「目的」を知りましょう。およそ「法」は人間が作るものです。人工物には、作られる目的が必ずあります。何となく作られるものというのはありません。それでは、憲法の目的とは何でしょうか? それは「人権」の保障です。個人の人権を保障するために、憲法で権力者の力を制限するのです。このような考え方を「立憲主義」といいます。改憲論の中には、「日本人の誇り・アイデンティティを回復するために改憲が必要だ」、とか、「日本人の精神が荒廃した原因は権利ばかり保障した憲法にある、だから改憲をして義務を増やすべきだ」等の議論があります。しかし、これらは、そもそも憲法の目的を全く理解していない点で問題であるといえるでしょう。
 第2に、「個人の尊重」や個人主義とは何かを知りましょう。これは、人間社会において最も大切なのが個人であり、何よりも個人を尊重しようとする原理です。この考え方によれば、個人よりも全体に価値を置く「全体主義」は否定されます。戦前のように、公(=国家)的利益と私(=個人)的利益とが衝突する場合に、私的利益を無視しようとする発想は、日本国憲法の下では通用しません。また、「利己主義」(エゴイズム)も否定されます。「個人の尊重」によれば、他者も個人として尊重されなければならないのに対し、エゴイズムは自分だけがよければいいと考えるからです。従って、権利ばかり保障するとエゴイズムが蔓延する、という考え方が時々見られますが、これは、「個人の尊重」に基づく権利とエゴイズムとを混同する誤った理解であることが分かるでしょう。
 第3に、国民主権や民主主義とは何かを知りましょう。これは、政治の世界において、私たち一人ひとりが主役であることを意味しています。私たちが社会の様々な問題について議論をし判断していくことが必要となるのです。そのためには、自分には直接の関係がない事柄であっても、「私たち」の問題であれば関心を持って考え続けることが求められます。しかも、いろいろな違いを越えて共通のことを考えなければいけません。男女の違い、大人と子どもの違い、国籍の違い、住んでいる地域の違いなど、私たちにはいろいろな違いがあります。それでも、様々な違いを越えて、原発、米軍基地、貧困、派遣労働、環境、治安などといった共通の問題には、想像力を豊かにして自分とは異なる立場に立って、物事を考える視点を身に付けることができると良いでしょう(例えば、「沖縄には住んでいないので、米軍基地の問題には関心がない」、「自分は男性だから、女性差別の問題には興味がない」、「自分は貧困の問題とは無縁だ」という態度を改める)。
 以上の基本的なことを知った上で、社会の実際の問題を考えてみる、という実践を積み重ねていくことができれば、「憲法教育」は、学校における単なる1科目を越えて、市民になるための実践教育としての重みを持つことができるでしょう。いま、この春に出版する本の準備をしています。タイトルを『私たちがつくる社会――おとなになるための法教育』(法律文化社、2012年)としました。この本は、中学校等での「法教育」の副読本となるように作成されました。私たちが、この日本社会で生きていくために必要な知識を得ること、「法学」を学ぶというよりも日本社会そのものを知るように法を学ぶこと、を内容とする書物です。人権、子どもの人権、男女平等、経済、学校教育、地方自治、民主主義、医療、福祉、子育て、労働、介護、犯罪、裁判、刑務所など、日本社会のそれぞれの側面を取り上げています。「憲法教育」の現場に、実際に議論の素材を提供する、というコンセプトで貫かれていますので、ご利用いただければ幸いです。
 
【高作正博(たかさく まさひろ)さんのプロフィール】

1967年生まれ。上智大学大学院法学研究科法律学専攻博士後期課程単位修得退学。琉球大学専任講師、准教授を経て、現在、関西大学法学部教授。 共著に『市民的自由とメディアの現在』(法政大学出版局、2010)、『憲法と沖縄を問う』(法律文化社、2010)、『平和と人権の憲法学―― 「いま」を読み解く基礎理論』(法律文化社、2011)など。