教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
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学校に言論の自由を ―学校に憲法の精神を―
2012年3月5日
土肥信雄さん(元東京都立三鷹高校校長)
 
 私は現在、法政大学と立正大学で講師として大学生を教えています。学生たちに必ず次の質問をしています。「天皇は、神様ですか?人間ですか?」。今まで教えた約500人の学生で「神様です」と答えた学生は皆無です。現在では誰に聞いても「神様だ」と答える人はいないでしょう。しかし戦前においては多くの人が「神様だ」と答えたのです。何故だと思いますか?理由は明らかです。教育の現場において言論の自由がなく、学校で「天皇は神様だ」と教えたからです。このことが大きな原因の一つとなって、あの第二次世界大戦が引き起こされたのです。
 第二次世界大戦の反省をふまえ、日本国憲法前文には「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意」と明記し、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を憲法の三大理念としました。日本国憲法の「基本的人権の尊重と平和主義」は、教員である私のポリシーでもあります。私とかかわった子ども(生徒)には「皆幸せになってほしい」と願っています。「子どもが不幸せになってほしい」と願う教員はいません。だからこそ私は、子ども一人ひとりの「基本的人権の尊重」が子どもの幸せにつながり、「平和」は基本的人権を保障するための前提条件だと思っているのです。
 基本的人権の中でも学校において最も大切なのは言論の自由です。学校は将来を担う子どもたちに民主主義を教える場です。その民主主義の前提は言論の自由であり、言論の自由のない民主主義はあり得ません。ほとんどの学校の教育目標に「子どもの主体性・自主性の育成」を掲げています。子どもの主体性や自主性とは、自分で考え、自分なりの意見を持ち、行動することであり、まさに子どもたちの言論の自由を保障することです。そのためにも教員に言論の自由がなければ、教員が民主主義を知らなければ、子どもたちに民主主義を教えることは出来ず、子どもたちの言論の自由をなくなっていくのは戦前の事実を見れば明らかです。その教員の「言論の自由」が東京都の教育現場で失われていることを校長として実感したため、現職中に東京都教育委員会(都教委)に対して意見表明を行いました。しかし都教委は私の意見表明には全く答えることなく、ますます教員(校長等の管理職を含む)の対する言論統制を強めたため、退職後「言論の自由」について都教委を提訴したのです。
 約30年間、私は高校の政治経済の教員として子どもたちに「間違ってもいいから自分の意見をはっきりと言いなさい。もし間違いを指摘されたら自分なりにもう一度考えればいいのだから」と教えてきました。子どもが自分の意見を持つことは、子どもの主体性・自主性の育成、子ども自身の成長、大きく言えば日本の発展にもつながると思っています。その私が都教委という巨大な権力にへつらい、自分の考えも言わずに都教委の言いなりになれば、私が子どもたちに教えた責任は取れません。「なんだ、土肥先生は私たちには自分の意見をはっきりと言えと教えたにもかかわらず、先生自身は権力にへつらって言いたいことも言っていないじゃないか。ずるい先生だ」と言われたくはありません。
 2009年3月、私が退職する離任式で、卒業生から私に対する卒業証書と卒業生全員からの色紙をもらいました。卒業証書には「卒業証書 土肥信雄 右は教育委員会の弾圧にも負けず本校所定の課程を修了したことを証する 平成二十一年三月二十四日 東京都立三鷹高等学校 第五十八期卒業生一同」と書かれていました。これを見た人が、「土肥先生、子どもたちはしっかりと先生のことを見ているね。先生の行動は子どもたちにとって最高の憲法学習の実践の場であったのですよ」と言ってくれました。
 日本国憲法は世界に誇るべき憲法だと思っています。しかしそれが単なる文言だけでなく、実際の生活の中で実感できなければ意味がありません。私はそれを実感すべく提訴しました。憲法は公権力(国家、地方自治体等)による人権侵害を厳しく禁止しています。この裁判を通じて、巨大な公権力である都教委が、ちっぽけな個人の人権を侵害した場合でも、憲法の理念に反していることを証明したいと思ったのです。それが卒業証書をくれた子どもたちの人権保障のため、日本の平和のためだと確信していました。しかし1月30日、裁判長は私の顔も見ずに「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」と僅か5秒で判決を言い渡し、私の全面敗訴となったのです。私は翌日1月31日に即刻控訴しました。東京地裁(司法権)は都教委(行政権)の嘘の主張を全面的に認め、三権分立の精神を完全に放棄しました。(都教委の主張は拙著「それは密告からはじまった」に記述)今後、控訴審を通して、学校現場における言論の自由と、司法権の独立について問うていきたいと思っています。
 
【土肥信雄(どひ のぶお)さんおプロフィール】

現在、法政大学、立正大学非常勤講師。 1948年生まれ。72年東京大学農学部卒業。商社勤務を経て、通信教育で教員免許取得後、小学校、高校教諭。05年より都立三鷹高校校長。09年定年退職。校長現職中に「職員会議において職員の意向を確認する挙手・採決の禁止」(通知)の撤回を都教委に要求。09年度非常勤教員不合格(97%合格)。現在、「学校の言論の自由」と「非常勤教員不合格」について東京都に損害賠償を求め東京高裁に控訴。著書:『それは、密告からはじまった』七つ森書館、『学校から言論の自由がなくなる』岩波書店(共著)。