教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
トップページ憲法教育を考える 学校図書館と憲法教育
 
学校図書館と憲法教育
〜民主主義社会における学校図書館の役割と憲法教育〜
2012年3月12日
木幡洋子さん(愛知県立大学教授)
 
民主主義社会と学校図書館
 今から10年くらい前でしょうか。メルボルンの学校図書館を訪問した際に、図書館週間のポスターが貼られていました。そこには、次のようなことが書かれていました。
“読めば読むほど多くのことを知り、多くのことを知れば知るほど賢さが増し、賢くなれば、想いを語ったり何かを選択するために出す声は力強いものとなる。”
 これは、一人ひとりがそれぞれの責任を果たしていくことで成立する民主主義社会における、その構成員のあるべき姿を語っています。戦後、日本国憲法のもとで、私たちは「人権」が保障されることが当然視される社会をつくってきました。それは、日本の民主化の過程だといわれます。けれども、ほんとにそうなのでしょうか。民主主義というのは、「他者が自分より優れていると思う」ことから始まります。そう思うことで、他者を尊重し、その声を真摯に聞き取ろうとするからです。そして、他者を害しない限り認められる自由などの人権の保障が実現されていくのです。
 では、今の日本はどうなっているでしょうか。「人権」の名のもとに、自己中心的な利益が主張され、他者への配慮を欠いた行動がみられます。クレイマーが問題となり、モンスターペアレント、モンスターペイシャントという造語がみられようになりました。また、民主主義を疑問視する向きもあります。
 確かに、民主主義はひとつの政治体制であり、時代の中で選択されてきたものです。その選択が間違っていると判断されれば、他の政治体制が選択されることはありえないわけではありません。けれども、民主主義のより哲学的な意味は、「他者を尊重する」というところにあります。自分が尊重されたいのであれば他者も同じように尊重されたいと思っているはずであり、その調整原理が民主主義だといえます。
 もっとも、それでも民主主義を疑問視する人はなくなりはしないでしょう。けれども、民主主義に対する評価はそこから何が現出していくかで決まるものですから、今暫くは、歴史の中での人間の試行錯誤を鳥瞰していかなければなりません。すでにその試行は2世紀の間続けられていますが、情報時代という新たな時代の到来の中で、新たな試行が始まっています。そして、それは、豊富な知識とそこから出てくる自由な発想、さらにそれを発信するという新たな学力(リテラシー)によって行われているのです。
 自ら考えることができるようになることが学校教育の目的であり、その「学校教育において欠くことのできない基礎的な設備」(学校図書館法第1条)として整備が図られてきた学校図書館ですが、現代は、さらに、情報時代におけるリテラシーとしてのインフォメーション・リテラシー獲得とその実践としての情報発信の訓練の場として期待されています。つまり、学校図書館は、新たな時代の民主主義実践と実験の場へと性格を変えてきているのです。

憲法教育と学校図書館
 学校図書館が憲法教育とどうつながるのか、理解に苦しむ方もおられると思います。けれども、憲法教育が目指す民主主義的で平和な社会の構築と人権保障にとって、学校図書館は縁の下の力持ちであり、民主主義と人権保障の実践の場でもあるのです。また、教育が目指すものが民主主義社会の構成員の育成であるなら、学校図書館は学校教育に欠くべからざるものであり、その国と社会の民主主義的な成熟度を測る指標ともいえるものです。
 憲法教育というのは、単に憲法の条文を暗記すればよいものではありません。憲法は、私たちの生活と人生を規定するものであり、それは、それぞれの生活と人生の中で感得されてこそ、初めて、無意識のうちに日々の営みの中で実践されていくものです。憲法教育に必要なのは、憲法や人権の歴史、条文の理解を促すだけではなく、それがどのように人間の本性と生活に関わっているか、また、生活態度として憲法を体現していくことができる方法を考えていくことです。有り難いことに、そのヒントは、学校図書館の歴史の中にあるのです。
 
【木幡洋子(こわた ようこ)さんのプロフィール】

青森県立保健大学を経て2003年から愛知県立大学教授。
専攻は憲法学、研究テーマは「図書館と教育人権」。著書『教育を変える学校図書館』(共著、風間書房、2006年)、『知恵としての憲法学増補版『』(風間書房、2010年)など。