教員が集う 中高生のための映像教室 『憲法を観る』
 
 
トップページ憲法教育を考える 憲法をベースにした社会のために
 
憲法をベースにした社会のために
2012年4月16日
伊藤雅康さん(札幌学院大学法学部教授)
 
 北海道に在る私立文科系総合大学の法学部の憲法関連科目の担当教員となって22年めの4月を迎えた。

批判すること
 振り返れば赴任当初は、その直前に湾岸戦争が勃発し、その一方当事者である多国籍軍への資金援助、戦争終結後の自衛隊の掃海部隊派遣、そして、その翌年のカンボジアPKOへの自衛隊派遣に象徴されるように、日本国憲法の理念や原則がなかなかその通りには政治や社会のなかに生きてこないことを強く意識しながら、授業の内容を組み立てていた。
 また、今世紀の始まりに衆参両院で憲法調査会が活動し、明文改憲の是非が市民の間でも話題になっていた頃は、憲法と現実の矛盾の解消をそのうちのどちらを変えることで果たすべきなのかという問いを含ませながら、憲法の将来について語っていた。
 いずれも話の骨格は、改憲主張が現実のほうへ憲法を引き寄せようとするのとは逆に、
憲法を基準に現実をチェックし、そこに見出される違憲の事実を指摘するという、いわば「チェック・告発」を重視するものであり、こうした営みができるように、社会の現実を見る目、人の痛みを感じ取る心、などの重要性を語っていた。

創ること
 しかし、「憲法と現実の不一致」は周知のとおり、平等と差別をめぐる問題や生活の保障を引き合いに出すまでもなく、日本国憲法制定の時点にも存在していた。そのような不一致の存在が常態であるのは、憲法の内容が制定時の現実の描写ではなく国民の願いの現れであり、国家や社会の遠い将来を見据えたものであるから、言いかえれば、憲法が未来への夢とロマンを紡ぐものであるからならば、憲法の実現に係って市民のすべきことは「チェック・告発」だけではすまない。憲法の内容を踏まえながら、国家や社会を作り上げていくための、結び合う力、構想する力、創りあげる力といったものも必要になる。
 なぜならば、第一に、「チェック・告発」を通じて憲法と現実の不一致を解消することは、あくまでも現実が憲法を尺度として見たときに「優・良・可・不可」のうち「可」となるための条件に過ぎず、望ましい状態を描く夢やロマンとの距離はなお大きい。
 第二に、憲法を尺度として低い評価しか与えることのできない現実は、最初からそれを意図した者によって作りあげられることもあれば、担当者の能力不足などの事情によって人権侵害などの憲法違反の状態を回避したくても叶わずそういう現実を招くこともあるはずである。後者の場合、告発しただけでは話は終わらない。この社会に生きる私たちのなかで代わる誰かがその現実を変えるための様々な工夫をしなければならない。
 第三に、一般に人権の「自由権」的側面と呼ばれる介入排除請求権の領域においては、国家の不当な介入を阻止するからには、その空白を充填して、言論空間、経済社会などについて、ひとびとの知恵と力で望ましい状態を作り維持しなければならないし、一般に人権の「社会権」的側面と呼ばれる給付請求権の領域においては、憲法が保障を掲げるものをどれだけ高い水準で実現していくかを立法や行政に任せるのではなく、生活保障、勤労保障など様々な制度構想をみんなで考えていかなければならない。

そうすると・・・
 10年ほど前に勤務先の大学の高校生向けメールマガジン用のインタビュウに答えて、「(学部時代のゼミの)先生から『憲法とは国や国民の目標や理想を定めるものなのだから、これを勉強するときには、将来に向かっての<ロマン>を持たなくてはだめだ』と教わ」ったことを紹介し、その締めくくりで「今、自分が住んでいる社会をこれからどういうふうにしていこうかという『骨組み』を考えること」が「法律学のイメージ、スタートライン」であり、「その『骨組み』を将来の『ロマン』を持って考えることこそが、法律学の最大の魅力ではないでしょうか。」と述べたことがある。
 憲法学あるいは憲法学研究者という特定の分野・職能が、その存在意義を「批判」に見出すことはあり得るかもしれないが、憲法教育を受けた人たちは社会のどの領域にも存在し、それぞれがその領域の形成者、つまり「創る」人となる。そのひとり一人が「『骨組み』を将来の『ロマン』を持って考える」ことができて、はじめて憲法の理念の生きる社会になるのではないだろうか。
 批判することへの関心も創ることへの関心も、憲法を暗記の対象だとみなす教育をはるかに越えた地点にある。しかし、憲法の勉強は考えることだととらえる地点において、この二つの関心の間には、そこで蓄えられる知識、培われる能力のイメージについて微妙ではない方向の違いがあるだろう。
 私論としては、社会を作るための意識、技術、作法などを身につけるためには小さな頃から「参加」の経験を積むことが大切なのではないかと考えている。
 
【伊藤雅康(いとう まさやす)さんのプロフィール】

1963年生まれ。名古屋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。現在、札幌学院大学法学部教授。専門は憲法学。「働きがい」とも呼ぶべきものを働く人々の権利の問題として語れないか、との観点から、労働者の経営参加権のテーマを中心に研究活動を行う。選挙制度、平和主義、憲法改正論などが時事的に話題になるときは、学外でも話す機会を大切にしている。共著に、『現代憲法における安全−比較憲法的研究をふまえて』(日本評論社・2009年)、『新訂版・現代憲法入門』(一橋出版・2004年)、『北海道と憲法』(法律文化社・2000年)、など。