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映画『大統領の執事の涙 The Butler』

志田陽子さん(武蔵野美術大学教授)
                                                           


 執事(butler)とは、欧米の裕福な家庭に見られた使用人のことで、主人の酒類・食器を管理し、食事のさいに給仕をすることが中心的な役割である。これに加え、主人に代わって男性使用人全体を統括する役割、主人の身の回りの世話をする役割、秘書として公私に渡り主人の補佐する役割などを果たしていた者もいる。高度の事務処理能力、管理能力、教養が必要とされる仕事だったと言われる。
 現在では、このような専門職を屋敷内に抱える家はごく限られている。アメリカの「ホワイトハウス」は、その数少ない一つである。

 黒人がホワイトハウスでこの仕事に就くというのは大変な幸運だ。
奴隷制はとっくに終わっているはずだが、農場での奴隷同様の労働の最中、雇用主に父親を殺されたセシルは、一人逃亡し、流転の末、ホワイトハウスの執事チームのメンバーに抜擢される。そして、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソン、ニクソン、フォード、カーター、レーガンの7人の大統領の給仕役を務めることになる。
 まずはアメリカの政治史を駆け足で見られる教材映画として、これ以上は望みようのない最高の作品だろう。私自身は、このことだけでも十二分に素晴らしいと思う。
 けれども、それは作品に対して失礼な賞賛のしかたになるのかもしれない。

 この作品の良さは、決して教材映画として終わりにすることのできない人間ドラマが同時進行して、マクロ(政治史上の大きな流れ)とミクロ(一人一人の人間のとる立場や考え、その相剋)が常に見る者の眼前に連動して描かれ続ける、ということだ。
 私たちは、顔が見える距離で物事を想像できないと、物事の意味や重さを掴むことがなかなかできない。ある実験で、数人の人間が頭にピストルを突き付けられている写真と、飛行機から爆弾が投下される写真と、どちらにより強いショックや忌避感を感じるかと質問したところ、多くの人間が前者により強く反応したという。後者の写真のほうが多くの人間が死んだに違いないことは頭ではわかっていながらである。

 この作品は、アメリカで起きた1050年代から21世紀までの公民権運動やベトナム戦争などの流れを、上から手際よく俯瞰した作品ではなく、執事として働いていたセシルとその家族たちを通じて、その懐の中に入り込んで描いた作品である。言ってみれば、セシルたちの目と心を内視鏡にして、アメリカという被写体の身体の内部へと入り込んで描く描き方だ。しかし画面は、一つ一つのエピソードにメロウに立ち止まることなく、時には無情に時間の経過を描いていく。ケネディの公民権法に関する演説をテレビで見守る人々と、それに続く暗殺、血だらけの洋服を脱ごうとしない夫人の姿。画面はそこに立ち止まらずジョンソン政権とベトナム戦争へと続く。この淡々と走り続ける無常の感覚と、内視鏡で患部を照らしだすような感覚が両立しているというのは、半端ではない質の高さだと思う。

 さて、ミクロのドラマには私たちの心を惹きつけるテーマがたくさん散りばめられている。父と息子の衝突は、黒人の生き方と立ち位置そのものを照らしだしている。主人公のセシルの世代は、殺されないように身を守りながら生き延びることが、まず第一の課題だった。そこでは、白人社会の中で「よくできた黒人」として信頼されることが先決だった。ホワイトハウスで信頼されるためには、政治的な事柄に一切関心がないという演技を徹底することだった。黒人活動家たちの扱いについて語るホワイトハウスの人々の言葉を、まるで耳も心もついていないかのように聞き流しながら給仕をするセシルの姿は、まさにこれである。この父の姿に反発と批判を隠さず公民権運動に身を投じる長男、ベトナム戦争に赴く次男、父と息子たちの和解を願う妻(母)、全員がそれぞれに自分のスタンスを持ちながら、それぞれに生き方を貫いていく。

 しかし、父セシルはただ自分の保身のために黒人運動に冷ややかだったのではない。彼には彼の闘い方があったのだった。流血を求めない静かな闘い、忍耐の末に信頼を勝ち取った後で静かに自分の存在価値に見合った主張を突き付ける闘いである。彼の「静かなる闘い」と息子たちとの邂逅は、痛快な清涼感さえ感じさせてくれる。

 ときどきテレビの画面を通じて流れてくる音楽がまたいい。考えてみれば、黒人系のエンタテナーたちと執事たちは、よく似ている。達者なしぐさや技能で白人を和ませ、楽しませ、白人の食事の場(茶の間)になくてはならない存在として根を張り、その存在価値をじわじわと確立していったことにおいて、彼らは同じ線路の上を走っていたのだと言える。マライア・キャリーやレニー・クラヴィッツといった最高峰のエンタテナーが出演していることには、そんなコンセプトがこめられているのでは、といった読みを楽しんでみたくなる作品でもある。

製作公開年:2013年 、アメリカ
監督:リー・ダニエルズ
出演:フォレスト・ウティカー、オプラ・ウィンフリー
(市販DVDあり)


 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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