法学館憲法研究所は、憲法を系統的に研究し、個人の尊厳の実現をめざす非政府組織としての自由な研究機関です

法学館憲法研究所

Mail info@jicl.jp
 
今週の一言
憲法情報Now
 憲法をめぐる動向
 イベント情報
 憲法関連裁判情報
 シネマ・DE・憲法
 憲法関連書籍・論文
 ■今日は何の日?
憲法Voice
研究所・客員研究員紹介
中高生のための憲法教室

憲法文献データベース
日本国憲法全文
リンク集
 
事務局よりお知らせ
賛助会員案内
メールマガジン
ご意見フォーム
サイトマップ

憲法情報Now<シネマ・DE・憲法>

 

映画 『ピクチャーブライド』

坪井龍太さん(東洋英和女学院大学准教授)
                                                           

 1918年(大正7年)、両親を結核で失った17才のリヨ(工藤夕貴)は、伯母(杉葉子)の仲介で、ハワイに移民した日本人男性マツジ(アキラ・タカヤマ)と写真一枚を交換するだけで結婚することになった。いわゆる写真花嫁=ピクチャーブライドである。リヨのもとに届いた写真の男性は、体格のいい凜々しい青年だった。当時、結核は恐ろしい病気で、両親を結核で亡くしたことは、リヨにとって知られたくない過去であり、ハワイに行けば、その事実を隠すことができると考えていたのだ。

 しかしリヨがハワイに着き、移民管理局で目の前に現われた結婚相手は、死んだ父親とほぼ同い年の43才、頭髪が薄い中年男であった。マツジは若い頃の自分の写真を送ったことを「すみません」と告白する。マツジはサトウキビ畑で働く真面目な男だったが、リヨはショックを受けた。送られてきた写真と実際のマツジはあまりに違いすぎたのだ。多くの日本人移民(日系移民一世)がキャンプで共同生活をする中、マツジはリヨと2人の新居を用意したり、リヨの到着の日にはハイビスカスの花を部屋に飾ったりするなど、マツジなりの精一杯の気持ちを込めて花嫁リヨを迎えたが、リヨは日本に帰ることばかりを考えていた。両親を結核で亡くしたことから逃げ出したい一心でハワイに来た自分を責めるとともに、年齢を偽ったマツジへの怒りを募らせていくのである。

 昼間は白人に雇われている南米系のポルトガル人に監視されながら、リヨはマツジや日本人移民とともに慣れないサトウキビ畑の仕事をした。仕事仲間のなかにリヨよりも少し年長のカナ(タムリン・トミタ)がいた。カナには一人息子のケイがいて、ハワイでも日本の子守歌でケイを寝かしつける。そしてリヨはカナに誘われて、ケイが寝たあと、独身の日本人男性労働者や白人女性の洗濯をして働いた。日本への渡航費用を稼ごうと、寝る時間を惜しんで働いたのである。

 『ピクチャーブライド』の中では、当時の日本人移民の生活風景が描写される。日本人移民のために活動写真(無声映画)の興業がやってきて、弁士(三船敏郎)の語りが懐かしい日本映画を見る場面などだ。また、この映画のロケはハワイで行われているが、ハワイの美しい映像にも注目したい。リヨの気持ちを自分に向けたいマツジは、リヨをオアフ島の美しい渓谷に連れて行ったりもする。しかし、マツジの優しさとは裏腹に、リヨの望郷の思いはますます強くなる。がんこなリヨに辟易するマツジは、独身時代に戻ったかのように博打(ギャンブル)に手を出すようになる。

 この映画の中では、差別問題が随所に現れる。西洋人と日本人の差別、西洋人の中でも南米人(白人と黒人の混血)と白人の差別、日本人移民に賃金が支給される場面では、フィリピン人と日本人の賃金格差も描かれる。また、リヨとカナが白人女性の邸宅に洗濯物を届けに行く場面では、白人女性が「何か飲む?」というと、カナは「けっこうです」と首を横に振るが、まだ若いリヨは目を輝かせ「頂きます、今日は暑くて」と言ってしまう。カナはとっさにリヨを睨む。もしかしたら、アメリカの男性社会が東洋の女性に抱く「謙虚」なイメージを、カナに演じさせているのかもしれない。そういえば、リヨもカナも働き者の女性であり、リヨは長い黒髪を時折見せる。

 当時のサトウキビ農業は、いわゆる焼き畑農業であった。『ピクチャーブライド』では、いくつかの場面で小さな子どもたちが登場する。日系移民二世となる子どもたちであるが、移民の子どもたちの保育や教育(憲法学で言うところの社会権)に思いをいたすことも重要であろう。畑を焼く日、女たちは自分の子どもをあわてて避難させる。ところがあろうことか、カナの息子ケイがサトウキビ畑に紛れ込んで行方不明となり、カナがケイを探しに行っているにもかかわらず、サトウキビ畑には火がつけられてしまう。カナとケイは炎の中で焼け死んでしまった。

 親友のカナを失ったリヨは茫然としてしまう。ある雨の夜、リヨは両親が結核(映画の中では「肺病」という)で死んだため、親戚や近所の人にも冷たい目で見られ、しかたなくハワイへ来たことをマツジに打ち明けた。リヨは突然、家出をしてしまう。必死で駆け抜け、やっとノースショアの海岸にたどり着いたリヨは眠りに落ちる。そして夢の中(カラー画面から白黒になる)にカナが現われる。「日本に帰るわ」というカナに、リヨは「私も一緒に」と叫ぶ。しかしカナは冷たく言い放つ。「なぜ帰るの?誰も待っていないわ」。つまり「待っている人がいるところ、それがあなたの故郷」と示唆し、カナは海に消えた。画面はカラーに戻り、流れるシンフォニックな音楽も、見事に短調から長調に変わる。マツジの家に戻ったリヨは、帰りを待っていてくれたマツジを愛おしく思ったに違いない。その日二人は、愛を誓いあう。一枚のピクチャーブライドを、一生の愛に高めた瞬間である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 日本に多くの外国人が移り住んできている。総数で235万人を超えるという(法務省在留外国人統計 2014年6月)。日本は「出入国管理及び難民認定法」で、外国人の入国について、一定の制限をしている。どこの国の空港でも「パスポートコントロール」を通らなければ入国できない。外国人の就労目的や永住目的の入国については、法律を定めて、一定の制限をしている国がほとんどであろう。
 1990年に日本政府は「出入国管理及び難民認定法」を改正して、一定の条件ながらも、海外からの移民を受け容れる政策を限定的に採っている。決して「移民を受け容れる国になった」というわけではないが、外国人の姿を日本でも多く見かけるようになったのは、1990年の法改正の影響が大きい。
 移民とは、外国に永住することを決意して、現地で仕事を見つけ、生活していく人々をいう。そして日本もつい40年ほど前までは、移民の送り出し国であった。船によるブラジル移民の最後が1973年に行われている。日本人の移民の歴史を探り、その苦悩を知ることは、今、海外から日本にやってくる外国人の人々の苦悩を知る「きっかけ」にはならないだろうか。多文化化している日本国内の問題を考えるときに、現在、日本にやってくる外国人とかつての日本人移民(日系移民一世の世代)には、きっと重なり合う苦悩があるはずである。
 日本人移民にとって、「祖国日本」とは何なのであろうか。また日本人移民にとって、どのようなときに「自分たちは日本人」と感じるのであろうか。そして永住を決意した日本人移民にとって、故郷は「現地」なのであろうか、それとも「日本」なのであろうか。『ピクチャーブライド』に話を戻そう。映画の最後のナレーションで、年老いたリヨが「今になっても時々、カナの子守歌が聞こえる、しかしそれはカナではなくて、娘が孫を寝かしつける子守歌だった」と言う。日系二世の娘が日系三世の孫にも、日本の子守歌を歌っていることを明らかにするとともに、ハワイのことを「故郷」と言っている。
 さて、現在日本にやってくる外国人の目に、「日本」はどのように映るのであろうか。彼らの中には、日本に永住を希望する人も徐々に増えているという。その人たちは、そしてその人たちの子孫は、日本を故郷にすることができるのであろうか。それとも故郷にしないのであろうか。

 日系人を学ぶことから、現在の外国人の人権を考える。もしもそれができたならば、映画『ピクチャーブライド』を通じて、立派に「シネマde憲法」を学んでいると言えるのである。

【映画情報】
製作国 アメリカ
公開 1994年
上映時間 95分
監督 カヨ・マタノ・ハッタ
出演 工藤夕貴、アキラ・タカヤマ、タムリン・トミタ、三船敏郎、杉葉子 ほか


 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

[今週の一言][憲法情報Now][中高生のための憲法教室][憲法文献データベース][事務局からのお知らせ]
[トップページ]