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『The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛』


志田陽子さん(武蔵野美術大教授)
                                                           

「・・・ビルマ軍は今も人権侵害を続けている。現在も政治犯2100人が収監され、そのうち17人はビデオ・ジャーナリストである。彼らの仲間がこの作品に映像を提供してくれた。」

 これが、「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」に描かれた、2010年の時点でのミャンマーである。

 「民主主義ってなんだ」。
 日本でも、海外でも、憲法と民主主義を問う声がさまざまなところで、マグマのように噴出している。その一つが、いまミャンマーで起きている出来事だ。
 2015年11月8日、ミャンマーで実施された総選挙で、野党政党NLDが圧倒的な勝利を収め、彼らが支持していたアウンサンスーチー氏が下院議員に当選した。

 ミャンマーという国が、民族独立色の強い国家となることが望ましいのか、イギリスとの親交を強めていくことが望ましいのか、という議論は、文字通り民主主義のルートの中で当の国の人々が十二分に議論しあって決定していくべきものだろう。アウンサンスーチー氏とその父親を「イギリスの傀儡」と見る向きも少なくないし、「軍政イコール悪、だから軍政によって冷遇された政治家イコール善、と見るのはナイーブすぎる」と見る向きもある。しかし、そうした議論はそれとして、憲法を学ぶ立場からは、「仮にそうだとしても立憲国家を名乗るからにはやってはならないことがある」と言わなければならない。それが、人権を侵害すること、とくに民主主義を成り立たせるのに不可欠な人権を侵害することで民主主義を封殺すること、である。

 この映画で描かれている人権侵害は、主人公アウンサンスーチーに限ってみても、次のようになる。
 ミャンマーの多くの人々にとって民主主義回復のシンボルだったアウンサンスーチー氏が、長い年月にわたって自宅軟禁を強いられ監視下に置かれていたこと。海外に渡航したら帰国許可は下りないと通告されていたこと。電話や手紙などの通信が傍受されていたこと。言論集会を禁じられていたこと。
 これらは、この人物の判断がこの国にとって政治的に正しいかどうかとは別の次元で、立憲的意味の憲法からすれば、許されない人権侵害である。他国の憲法同士を簡単に比較することは慎まなければならないが、少なくとも「人身の自由」(日本国憲法18条)、「表現の自由」(日本国憲法21条)、移動の自由(日本国憲法22条)は、多くの立憲国で共有されている基本的な人権であり、その剥奪は許されるべきではない。そしてヨーロッパで確認されてきた家族形成の権利も。

 人として、女性としてのアウンサンスーチー氏の描きぶりは見事だと思う。音楽を愛する彼女はラジオをよく聴く。電話も盗聴され、思うように話をすることのできない彼女にとっては、むしろラジオを通して得る情報のほうが、イギリスにいる家族の状況を知る手立てなのだ。そのラジオを通して夫の死を確認した彼女には、夫の遺骸に触れる自由も、喪主として夫の死を悼む人々と交流する自由もない。思い切り泣く自由すらない。

 映画の途中、軍政府側の要人の銃撃シーンなどは、アクションの演技と演出が巧すぎて、アウンサンスーチー氏とその周辺を描くときのセミ・ドキュメンタリーのようなタッチとのコントラストが、こなれの悪いパッチワークに見えなくもない。これはもともと「レオン」や「ニキータ」など、アクション映画を得意とする監督の作品なのだということを、こちらが心得ておけばよいことだろう。

 映画作品の中のアウンサンスーチー氏とその周辺の人々のドラマについては本稿ではこれ以上は書かないことにして、ぜひ映画を一度、鑑賞してみてほしい。彼女の政治的立場や思想や手腕をどう評価するとしても、しないとしても、まずは「立憲民主主義を掲げる国家はこれをやってはいけない」という最小限のベースラインを確認することができる。

 映像は、2007年9月の仏教僧侶らの反政府デモがアウンサンスーチー支持を叫ぶ光景で終わる。これがきっかけで身柄を自宅から刑務所に移されたとの説もある。そしてもともとの「軟禁期限」だった2010年に軟禁は解除された。映画のテロップはここまでである。

 しかしこの後もアウンサンスーチーに政治的自由が保障されたわけではなかった。政府は彼女に対して2011年に活動停止を通告。しかし彼女は同年中に地方都市での政治活動を再開し、翌2012年4月に行なわれたミャンマー連邦議会補欠選挙で当選を果たし、今年、11月8日に実施された総選挙で、下院議員に当選した。その直後、10日に行われた外国メディアの取材に対し、アウンサンスーチーは新たに選出される新大統領は実質的権限を持たないこと、「私が全てを決定する」ことを明言したが、この言葉が新たな議論を呼んでいる。これは現在の憲法の「外国人の子を持つ者は大統領に就任できない」とする規定が、アウンサンスーチーを大統領に就任させないようにとの目的で考案された規定だからだという背景があるからなのだが、形式上のことではあれ、アウンサンスーチーの発言は自国の憲法を無視した発言ということになってしまう。

 ある国の実定憲法のほうが立憲的意味の憲法に反する規定を盛り込んで、民主主義を支える役割を塞ぐような内容になってしまっている場合、その実定憲法を擁護する義務はどこまで要求されるものなのだろうか。それを乗り越えて民主主義を回復する道のりは、どのように模索されていくのだろうか。

 この問題は、日本国憲法を持つ私たちにとって、他国のこととして眺めていてよい問題ではなくなっている。ある国の憲法が、万が一、立憲主義と民主主義の本来の意味を踏み外すような改正をこうむってしまったら、そのとき私たちはどう考えどう行動するべきか。たとえば、軍事に対するシビリアン・コントロールが効かなくなる仕組みが議会に作られたらどうなるのか。まずは、そのような改変が行われないために、「そのような改変を受けたら憲法と民主主義はどうなるのか」を学ぶケースとして、この問題を見ることができればと思う。そして、彼の国での民主主義と憲法の再建がどのように進んでいくのかを、見守りたいと思う。

【映画情報】

監督 リュック・ベッソン
脚本 レベッカ・フラン
製作 リュック・ベッソンほか
出演者 ミシェール・ヨー、デヴィッド・シューリス
公開 2011年
上映時間 135分
製作国 フランス、イギリス


 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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