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映画『ラスト・ゲーム 最後の早慶戦』と戦時の精神的自由


志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授) 
                                                           

精神的自由と民主主義と平和構築の連環
憲法では、精神的自由に属する人権として、19条「思想良心の自由」、20条「信教の自由」、21条「表現の自由」、23条「学問の自由」を保障しています。また、人間存在の精神的・社会的・人格的な側面を重視する観点から、13条「幸福追求権」の中の「人格権」に含まれる権利として、名誉権、プライバシー権、肖像権などが裁判で認められています。
平和構築と平和維持のための課題には、多くの事柄が含まれますが、中でも上記の精神的自由や人格権の保障は重要です。精神的自由の保障は、社会全体が止められない流れに向かうことを防ぐ《免疫力・抵抗力》の役割を果たすからです。大学というものの役割、そしてそこに所属する研究者たちの役割も、そうした「精神的自由」保障を確保するために重要な位置を占めています。
今日は、このことを戦時(軍事)全体主義化の問題に照らして考えてみたいと思い、参考になる映画として「ラスト・ゲーム 最後の早慶戦」を取り上げてみたいと思います。

ストーリーと憲法の話
太平洋戦争が激化していく中、大学生も戦地へ出征する「学徒動員」が決定しました。この映画は、その出征直前の学生たちによって行われた、大日本帝国憲法下での最後の「早慶戦」を描いた作品です。

憲法は、一人一人の人間をそれぞれの個性を持った人間として尊重し、各人の価値観や決心に従った考え方・生き方(自律)を尊重するという考え方を示し、国家にもそれを求めています。
この考え方が、「日本国憲法」制定以前には共有されていませんでした。社会の中で、異論や批判を唱えること、与えられた情報や教育に対して「それは本当だろうか」と疑うことが許されなかったのです。その状況は、この映画の中でも、主人公の家庭で戦死者が出た通夜の場面で現れます。家族が死んで「つらい、悲しい」という当然の感情を表現することが、いけないこととして、たしなめられる。「戦局は好調だ、勝っている、という情報は本当なんだろうか」という疑問を口にすることができない。

この当時、新聞報道は検閲による統制によって、写真報道・真実報道を行わなくなっていました。代わりに、従軍画家に「戦局は良好、勝利が続いている」というイメージを国民に伝える「戦争画」を描かせるという方法で、国民の現状認識と意思をひとつの方向へと統制していました。
「それはおそらく嘘だ、自分たちの子どもを送り出すことになる戦地は、大本営発表の内容とは違っているのではないか…」という家族の思いと同時進行で、「おそらく生きて帰ってこられない学生たちに、最後の思い出を作ってやりたい」という野球部監督の思いが募っていきます。

この映画は、学生たちと野球部監督の青春物語として進行していきますが、その背景には、「学問の自由」考えさせられる憲法政治的なエピソードが関わっており、憲法を学ぶという関心からは、この部分がとても重要です。

慶応大学塾長の小泉信三から早稲田大学野球部顧問の飛田穂州に、「最後の早慶戦を開催してやりたい」という提案があるのですが、早稲田大学総長の田中穂積は、これを頑として許可しない。「戦争下でお祭騒ぎはできない」という理由です。その本当の理由は、大学学内のリベラルな教授たちが政府の目につくことを怖れたから、つまり大学に属する知識人たちの「学問の自由」と職業的地位と身の安全を、なんとか守ろうとしたからでした。

戦時下の日本では、これらの精神的自由がいかに危うかったのかがわかります。実際、天皇を神格化する考え方とは相いれない「天皇機関説」を唱えた憲法学者・美濃部達吉はこの流れの中で自らの学説を教授することを禁止されました。現在の憲法の「学問の自由」は、こうしたことの反省からとくに国家による大学への介入を防ぐ趣旨で定められたもので、大学が見識をもって認めた学問内容や人事について国家から干渉を受けないことを「大学の自治」として強く保障していると考えられています。

戦時・非常事態時の「思想良心」「学問の自由」をめぐるその他の作品
精神的自由にかかわる人権の保障は、その社会の基礎体力を保つために、重要で不可欠のものです。そのことを考えさせてくれる良質な映画が、多数、発表されています。

『善き人』(ヴィセンテ・アモリン監督、2008年イギリス)は、大学に属する研究者が、自己の研究成果や作品をナチス政府によって政治利用されていく流れを描いたフィクションです。当時の現実の科学者たちは、「自分たちの研究成果がどう使われているかは知らなかった」として無罪を主張しましたが、この映画に出てくる架空の大学教授は、一人、アウシュビッツの現状を知ろうとします。
『白バラの祈り』(マルク・ローテムント監督、2005年ドイツ)は政治主張を書いたビラをまいた大学生が死刑になったという史実を描いたもので、大学と国家の結びつきを問題として取り上げ、大学内の精神的自由を問うものです。

『遠い夜明け』(リチャード・アッテンボロー監督、1987 年イギリス)や同監督の作品『ガンジー』(1982 年イギリス)では、戦時ではなくとも、社会が内戦につながるかもしれないほどの深刻な問題を抱えているときに、「表現」や「思想」が圧迫されやすいことがよく描かれています。『遠い夜明け』の主人公スティーヴ・ビコはアパルトヘイトを批判する要注意人物として目をつけられ、演説をしたことで逮捕されます。これは第二次世界大戦前の日本とよく似た状況です。1970 年代の南アフリカで起きていた人権侵害状況を見ることで、日本国憲法で保障されているさまざまな人権にどういう意味があるのか、どういう状況を防ごうとしているのかを、照らし返して理解することができると思います。

さらに『真実の瞬間』(アーウィン・ウィンクラー監督、1991 年アメリカ)、『追憶』(シドニー・ポラック監督、1973 年アメリカ)では、1950 年代の冷戦時代に起きたハリウッド映画関係者へのレッドパージ(映画とマスコミに対する思想統制)が描かれています。この時期のアメリカの映画界の状況を描いた作品としては、『トランボ ハリウッドにもっとも嫌われた男』(ジェイ・ローチ監督、アメリカ、2016年)が現在公開中です。

社会の表面は平和な状態に見えていても、冷戦という状況は、「この国に敵対する思想についてだけは、扱いは別」という思考を生み出してしまい、「敵対思想の持主」とみなされた人々にとっては戦時と同様の自由剥奪状態が起きています。社会の中の自由であるべき言論を、ある方向に協力に操作し、民主主義をゆがめてしまう国家のあり方というものは、かなり最近の先進国の歴史の中にも見られるわけです。私たちは、常にこの問題の中にいる当事者として、自分(たち)の精神的自由が守られているかを問い、守ろうという意志を持つ「不断の努力」が必要となるわけですね。

映画情報
監督: 神山征二郎
公開:2008年 日本
脚本: 古田求
出演: 柄本明、石坂浩二、藤田まこと、渡辺大、富司純子
上映時間 96分

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<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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