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映画『クワイ河に虹をかけた男』(1)


花崎 哲さん(憲法を考える映画の会)
                                                           

戦争によって失ったものを償って、このような生き方をした人がいた、ということを伝える映画だと思います。
永瀬隆さんは、陸軍の通訳として第二次大戦中、タイ・ビルマ(ミャンマー)をつなぐ泰緬鉄道の建設に関わりました。その泰緬鉄道の建設には主にイギリス軍の捕虜が使われ、強制労働の過酷さと虐待によって13000人もの連合軍兵士の捕虜と現地アジア人労働者、推定2?4万人がいのちを失いました。
映画『戦場にかける橋』が描いた鉄道の建設です。
永瀬さんは戦後、その人生のほとんどすべてを日本軍がここで行ったことを謝罪するために尽くしました。

永瀬さんの行為は「贖罪」ということなのでしょうか?
では彼は何に対して自分の罪を感じて、自分の人生をその贖いに当てたのでしょうか?
戦争中とはいえ、直接手を下したわけではなくても、拷問や虐待に立場として自分も加担していると感じてでしょうか。
あるいは日本軍の侵略行為、日本という国そのものの罪に対してでしょうか。クワイ河祭りのフィナーレが「さよなら」であることに感動し、「戦争よ、さようなら」と納得していたように戦争そのものを罪ととらえていたのでしょうか。おそらくそのすべてではあると思うのですが、永瀬さんが何に罪を感じて後半生をその贖いにあてたのかを知ることは重要です。

おそらく、やむにやまれぬ気持ちから現地を訪ね、動いたことを通して、現地の人々に接し、元捕虜に会い、謝罪し、そうすることで永瀬さんの自分自身の贖罪の気持ちがさらに変わっていって、より強いものになっていったのではないか、と思います。そうした過程が20年間という長い取材を通してこそ感じられるものなのだと思います。

監督の満田康弘さんは1994年に永瀬さんに付き従ってタイ・クワイ川の現地を訪れて以降、20年にわたって取材を続けて8本のテレビドキュメンタリー番組を作ってきました。その総集編的な意味合いもあるのでしょう。やや盛りだくさんのテーマがいくつにもあります。ドキュメンタリー映画としてそれら、永瀬さんが人生をかけて伝え遺していこうとしているのだと思います。ひとつひとつのエピソードは、それぞれ見る者に考えさせるものになっています。いくつかについて自分が感じたことをあげさせていただきます。

泰緬鉄道の建設と捕虜虐待の戦争の事実については『戦場にかける橋』でイメージとして知っていたつもりでしたが、日本軍がここで何をやったのかという視点からは、何も知らないでいる自分に気づきました。連合軍の捕虜だけで13000人も死んだということすら頭にありませんでした。
そしてそのことから、日本軍というのが、いかに人間のいのちを粗末にする特異な軍隊であったかが浮かび上がってきました。
映画の中ではそのことを考えさせるために、オーストリアのカウラ捕虜収容所で起きた日本兵捕虜による暴動を取り上げています。自ら機関銃で撃たれることを望んだかのような「死への大脱走」で蜂起した日本人捕虜1100人のうち234人が死にました。そしてその背景には東条英機陸軍大臣が1941年に兵士の心得として示した「生きて俘囚の辱めを受けず」の戦陣訓があることが説明されます。捕虜になることを恥とし死ぬまで闘うことを求めたとあります。兵士に求めただけでなく「捕虜になるだけで家族が村八分になって苦しむ」という社会意識がすでに日本中に作られていたのです。このことが泰緬鉄道建設時の捕虜の強制労働に対しても適用されています。元捕虜の人によって語られる「日本軍は死ぬまで働かせるつもりだった」という言葉になっています。

他の日本軍を描いたドキュメンタリーや沖縄決戦についての映画でも感じたことですが、日本軍という軍隊組織の特異さとして、日本軍ほど兵士のいのちも、捕虜のいのちも、現地住民のいのちも、国民のいのちも、粗末にする軍隊はないのではないかということです。
特攻隊しかり、人間魚雷しかり、日本軍は根本から人間の生命を消耗品の爆弾や武器代わりにしか考えていない。だからこそ沖縄や硫黄島や数々の戦場となった島で、民間人も巻き込んで集団自決を迫った、そういう軍隊、そういう国家であったのではないでしょうか。
ほかにどこにそのような軍隊があるというのでしょうか。強いてあげれば子どもにも爆弾を背負わせて自爆テロを強いる勢力でしょうか。かれらはそれを強いるときに宗教的な説明を用います。
戦前の我が国は「天皇のために死ぬ」ことが名誉だとする呪文を唱えて死に向かわせました。それを教育によって意識として徹底させました。そのことが、いのちを粗末に考えるもとを作っています。教育によって国民にそう考えさせて疑わせなかったのではないでしょうか。あるいは疑ってもイヤだと言わせない社会を周到に作り上げたのではないでしょうか。
その役割が果たしたのが教育勅語であり戦前の学校教育の目標です。戦前の教育がめざした意識の形成でした。
そして今「教育勅語はいいことも書いてある」として評価し、再び教育に利用しようという力が働いています。もう一度、天皇のためにいのちを投げ出せ、といった教育が周到に用意されようとしています。
戦争責任をはたす。同じような過ちを二度と犯さない。侵略したアジアの人たちにも、世界中のひとびとに対しても、日本国民そのものに対しても、政治家はそこからも前の戦争に贖罪しなければならないのではないでしょうか。

この映画を見て永瀬さんをあのように駆り立てた贖罪の思いは、今また同じことを繰り返さないために自分たちが何をしていくかに帰するものでなければならない、そうした思いを強くしました。
次回もまたこの映画を見て考えたことについて書いていきたいと思います。

【スタッフ】
監督 満田康弘
語り:森田恵子
音楽:三好麻友
CG:森有香
編集:吉永順平
MA:木村信博
撮影:山田寛 永澤英人
配給:きろくびと
製作・著作:KBS瀬戸内海放送
2016年/日本映画/119分

オフィシャルサイト

 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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