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映画『隠された爪跡 関東大震災朝鮮人虐殺記録映画』


花崎 哲さん(憲法を考える映画の会)
                                                           

 「風評やデマで人を殺しますか?」「人が殺せますか?」
 この映画を監督した呉充功さんから、そう重ねて尋ねられました。
 殺せるわけありません。たとえそれが震災の混乱に人々が大きな不安の中にあったとしても、抵抗もできないでいる人を取り囲んでなぶり殺しにするなんて、とても考えられません。
 しかしそれは現実にありました。そんなことをごく普通の庶民がやったのか、「なぜ?」と、驚くばかりです。
その考えられないおぞましい行為が大量に起きた原因には、その当時の日本人が持っていた「朝鮮人に対する蔑視」、「極端な差別意識」があったことが想像できます。そして人間を人間とも思わない偏見が「あいつら殺したっていいんだ」と考えることに結びついていました。
 そうした差別意識はどのように生まれたのでしょうか。明治以来の日本という国が朝鮮半島に対する植民地支配、侵略戦争を肯定し、さらに推し進めるために、教育や社会意識操作によって準備し、作り上げてきたものです。
 しかもそうしたものは今なおきちんと反省さえされずに、私たちの今の社会の中で生き続けているのではないでしょうか。そうしたことをこの映画は考えさせてくれます。

 1923年9月1日マグニチュード7.9の大地震が、関東地方をおそった。死者10万人にもおよぶ、関東大震災である。
 この時、6500名以上の朝鮮人が軍隊、警察、そして日本の民衆の手によって殺されていることはあまり知られていない。そのうえ、今なお遺骨が埋められている事実があった。
 1982年9月、東京の荒川河川敷で地元の古老の証言をもとに、遺骨の発掘作業が始まった。
 映画学校に通う朝鮮と日本の若者たちがカメラを持ってかけつけた。
 真実が隠されてきた60年の歴史を、この映画は追う。当時、押上に住んでいた曹仁承(チョ・インスン)さんはじめ、多くの証言が真実を語る。
 この映画は、隠されてきた歴史の爪跡を明らかにする貴重な記録映画である。
 (映画『隠された爪跡 関東大震災朝鮮人虐殺記録映画』案内チラシより)
 
 日清戦争、それは日本と清(中国)との朝鮮半島をめぐる植民地支配を争う戦争です。 
 そこで日本人は清の兵士の数より多い30000人の朝鮮人を殺しています。日本という国が犯した侵略戦争の中の最初のジェノサイド(集団殺戮)です。
 そして日本という国は、そうした侵略行為を肯定して、その後の侵略戦争の準備を固めていきます。戦争を正当化し、かつ鼓舞する社会風潮を作り、日本は優れた国だ、だからアジアに対して侵略し、何をしても良い国だと国民に思い込ませていく教育を作為的に行います。
 侵略、植民地支配を正当化していくために、国民に朝鮮人をさげすみ、人間扱いしないことを教え込み、表に裏に支配の道具として使ってきたのです。
 さらに戦争、あるいは植民地支配の中で、民間人殺戮や弾圧を表に出ないように隠し、それを明らかにしようとしたり、反対を唱えるものに対して弾圧を加えていきます。
 そうした中で1923年この関東大震災朝鮮人虐殺を起こし、またそれを明らかにしようとしないまま、治安維持法を作り、国家のやることに異論を唱える人を弾圧し、日中戦争の泥沼に日本人を駆り立てていったのです。

 ひるがえってこのことは、現在を生きる私たちにとっては遠い昔に済んだ話なのでしょうか。戦前の人間は全く別な日本人なわけはなくて、私たちにつながっている人たちです。何より、過去の人間が作ってきた歴史の上に今の私たちが生きています。そしてそれはこの朝鮮人虐殺のように血塗られた醜い歴史です。それを私たちは十分に認識していません。
 と考えるのは、今も戦前と同じように戦争に向かうことを肯定するために、教育や社会風潮づくりが進められていないか、仕向けられてはいないかと思うからです。教科書に戦争の加害責任や朝鮮人虐殺に対する記述が削られ、一方においてヘイトスピーチや一部のメディアでは沖縄や他の民族への差別とあざけりを公然と口にする動きがあります。それを大多数の人々が「おかしい」と思いながら、声に上げないまま、そうした動きに押し切られていきます。

 今回、小池都知事の朝鮮人虐殺犠牲者への追悼拒否は、結果的に、この朝鮮人虐殺の事実を問題にすることに役立ちました。同時に小池さん自身が歴史の事実を覆い隠そうとする側の人間であること、人権や差別された人に対する認識を持ち合わせていない人であることも明らかにされました。
この関東大震災朝鮮人虐殺だけでなく、慰安婦問題、朝鮮人・中国人強制連行、あるいは日中戦争の中での南京虐殺、重慶無差別爆撃、731部隊による中国人虐殺など軍や警察が関わる国家犯罪の多くをひたすら隠し、無かったことにしようとするのが一貫して今の政権や小池さんたちの政策です。
 なぜ隠し、無かったことにしたいのでしょうか。隠そうとしている人は何をしようとしているからなのでしょうか。そこには自分たちの統治する上で不都合なことは隠し、欺き続けようとするかつての為政者と同じものが見えてきます。
 つまり都合の悪いことは隠す、それを明らかにするものや自分たちに反対するものは取り締まり、逮捕し、抹殺できるような法律・制度を作り上げる。
 ではその先には何があるのか、誰も正しいことを言わない、知らない、うそで固めた破綻があります。戦争への道を歩んだ反省をもとに、過ちを二度と繰り返さないためにつくられた日本国憲法を否定し、踏みにじり、亡き者にしたいと思っているからに他なりません。そうしていったい何をしたいというのでしょうか。
 
 朝鮮人虐殺の事実は、日本人自身の醜い意識の歴史と明治以来の醜い侵略の策動を明らかにします。今、同じような施策によってそれを隠し、戦前のよう政治状況、社会状況に戻そうとする人たちが政治権力を握っています。

 もう一度、殺された側の、それもデマや風評で、凶暴な庶民によって無残に殺されていった朝鮮の人たちの視点で、またその後もいっこうに変わらない理不尽な差別の犠牲になった朝鮮人の視点で私たちの問題として「いま」を考えなくてはと思います。
 この映画を見て、知識として知っていても、そのおおもとのところに目を向けようとしないままでいた自分を恥ずかしく思います。

日本/1983/日本語/カラー/16mm/58分
監督、構成:呉充功(オウ・チュンゴン)
撮影:藤田正美、金利明、笠告誠一郎、田島心
編集:渡辺行夫 録音:小島透
ナレーター:小沢重雄 美術:加藤武夫
助監督:鍵山隆浩、里内英司
製作:呉充功、蒲谷雄二、小島透
製作会社:麦の会 提供:呉充功

第38回憲法を考える映画の会
「隠された爪跡関東大震災朝鮮人虐殺記録映画」「払い下げられた朝鮮人」同時上映
10月14日(土)13:30〜16:30
千駄ヶ谷区民会館 入場料1000円 学生500円


 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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