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映画『カーキ色の記憶』(原題:A Memory in Khaki))


花崎 哲さん(憲法を考える映画の会)
                                                           

シリアの紛争や難民の問題を題材にした映画は、これまでにも何作品か見る機会がありました。しかしこの映画ほど、シリアのことや、その国内の事情について詳しく知りたいと思った映画はありませんでした。それはこの映画が戦争や国内の紛争を描いたものでなく、シリアのアサド政権自体の長い専政・弾圧によって苦しんでいる人々の心の中にある「シリア」について語られたものであるからです。そこには「国」とは何か、政治とは何か、自由とは何か、その中で生きる私たちの生活とは何かを、絞り出すように語る言葉があります。そしてそれはとても遠く離れた国の、他人事ではない私たちの話でもあるからです。

 シリアの悲劇は、2011年に始まったわけではない。1980年代にアサド体制に反対した多くの若者が当局に追われ、国を去らざるを得なかった。監督の個人的な物語が、他の4人の語り手の物語と重なり合う。
 くすんだ軍服に象徴される沈黙や恐怖、戦慄の記憶。赤い風船に託された自由と抵抗。何故シリア社会が爆発し、革命が始まったのか、その背景に迫る。過去を語りながら、未来を見すえるシリア人の物語。(『カーキ色の記憶』公式サイト「映画の紹介」より)

 カーキ色の軍服のような制服(?)を着る小学生くらいの子どもの姿が何度も出てきます。私ははじめ、この映画ポスターやチラシの写真を見て、シリアの少年兵の物語だろうか、と勝手に思い込んでいました。
 しかしそれは、この映画の中のインタビューを受ける4人の少年時代の「記憶」の具象化であり、心の中の「私」の再現に近いものであることがわかってきました。その4人の語るシリアでの自由を圧迫され続けた生活、つまり「カーキ色の記憶」を表そうとしていることがわかってきます。

 "一度は白く塗り、その上から他の色を加えるべきだろうが、カーキ色は、私たちの頭の中に、意識の下に根を張っている"( ハーリド・ハーニー:シリア中部のハマ出身。画家。1975年生まれ。1982年のハマ大虐殺事件でアサド政権の兵士が彼の父親の目をくりぬき、殺害した時の情景が、未だに眼に焼き付いている。国内で芸術活動を続けていたが、2011年に政権批判に加わった後、フランスに亡命。現在、パリに在住。)

 「シリア人にはカーキ色の血が流れている。赤血球と白血球とカーキ色の血球が、すべてのシリア人の中には流れている」。
 子ども時代、毎日毎日「アサド政権を讃える文句」を唱和させられ、それに従わないと厳しい体罰が科せられ、力尽くで矯正される。そうした「教育」がもう数十年以上も続いていることになります。そうした教育によって育てられた「カーキ色」の世代がすでにシリアの社会をつくっていることになります。これはシリアに限らず専制的な権力を志向する国家、その体制を替えないで維持することが目的化している独裁的な国家においてはおそらくほかにも続けられていることなのでしょう。そして、それは戦前の日本の国家体制においてとくに顕著であり、いまも為政者の教育に対しての考え方の基本に「教育の価値」として推し進められているではないか、と思い至りました。

 映画の作り手をはじめ、4人のインタビューに答えた人たちは、アサド政権の専政、圧政に反対して投獄され、あるいは身を隠し、国を追われた人たちです。反政府勢力として銃を持って戦った人たちと違って、銃をとらないで闘ってきた人たちです。その彼らがいまのシリアのさらに困難な情況の中で、こんなにも長くなお苦しみ続けていることがわかり、暗然とした気持ちになります。

 "原理主義に走る者の気持ちだってよく分かる。擁護しないが、理解はできる。立場が違えば、僕も同じ道をたどったかも。監獄で拷問された時、武器を持ちたくなった。もし家族が殺されたら、どうなるだろうか" (アマーセル・ヤーギー:若手のシリア人映画監督、人権活動家。2011年のシリア革命勃発以来、平和的なデモに参加し、当局に3回拘束された。フランスに亡命した後も、シリアに潜入し撮影を続けた。依然として「歴史は後ろには戻らない」として独裁や全体主義と戦う決意を新たにしている。)

 とらわれた息子の牢の回りで、出せるものは何でも差し出して面会を乞う母親たちの話があります。それしか持っていないブレスレットを差し出して面会が許され、母子は抱擁し合いますが、一瞬の後、再び息子はいつ終わるともない牢獄に連れ戻されます。
 逮捕を逃れて身を隠した女性は母親に会えたとき、「自首すれば罪に問われない」という当局の嘘の宣伝を母から勧められるのではないかと身構えていましたが「あなたには帰ってきてほしくない。未来はあなたのものよ」と言われ、国を出ます。

 "私たち人間は、痛みを抱えて生き続ける宿命なのかもしれない・・・・・・でも内にこもらず痛みを表に出すべきよ。そうでないと心の澱になってしまう"( アマーセル・ヤーギー:
タンジュール監督の母方の叔母。通訳者。アサド政権を批判する反体制派政党に加わったため、10年にわたってダマスカス市内で隠れて偽名での生活を余儀なくされる。現在フィンランド在住)

 「国を捨て、国境を越えるということは一瞬のことだった。」「胎盤から切り離されるような心地がした。」「手の中に抱いていた子どもを失ったときのような気持ちがした。」自分たちの国、自分たちの社会を考える人たちであるからこそ、その国を捨てるときの強い痛みを感じます。
 そうした思いで国境を越えた先にも、安心感や安らぎのようなものはなかった。シャケは生まれた川に帰ると言うが、川が売られてしまったら帰るところがなくて死んでしまう。私も売られたくない。

 "世界が注目する中で、私たちは売りに出されている。シリア人の血は世界に捧げられている・・・・・・大勢の死を、世界は自然現象のように眺めている" (イブラヒーム・サミュエル
シリアの短編小説家。1951年、ダマスカス生まれ。大学入学後、アサド政権を批判する青年運動組織に加わったために逮捕され、77〜80年に収監を余儀なくされる。湾岸系メディアでもコラム執筆。現在ヨルダンのアンマン在住。)

 こうした話のひとつひとつにどれだけのものを想像することができるでしょうか。
 映画は、彼らが数十年間考え続けてきた心のうちを話す画面に、極めて象徴的な心象風景を当てていきます。紛争によって廃墟となった街、住居、学校、その瓦礫。彼らの少年時代の情景もその中にあります。それが刺激的です。ドキュメンタリーというのとも違うのかもしれません。しかし、人々の心の中にあるもの共通したものだからこそ、私たちに問いつめてくるもの、それを他人事とできないものがこの映画の中にあります。
 
【出演】
イブラヒーム・サミュエル
ハーリド・ハーニー
アマーセル・ヤーギー
シャーディー・アブー・ファハル

【スタッフ】
監督・シナリオ・編集:アルフォーズ・タンジュール
製作総指揮・シナリオ:ルアイ・ハッファール
制作指揮:イヤード・シハーブ
撮影監督:アフマド・ダクルーブ
音楽:キナーン・アズメ
ドラマトゥルク:アリー・クルディー
美術補助:アラシュ・T・ライハーニー リンダ・ザハラ
製作:アルジャジーラ・ドキュメンタリー(カタール)
撮影国:シリア、レバノン、ヨルダン、ギリシア、フランス、フィンランド
日本語字幕:額賀深雪 岡崎弘樹

山形国際ドキュメンタリー映画祭最優秀賞
スウェーデン・マルメ・アラブ・ドキュメンタリー祭最高監督賞
ヨルダン・カラーマ人権映画祭ベスト・ドキュメンタリー賞 ほか

配給:アップリンク
配給協力:『カーキ色の記憶』日本上映委員会
2016年|108分|アラビア語|BD シリア映画(カタール映画)

公式サイト:http://www.memory-khaki.com/
予告編:https://www.youtube.com/watch?time_continue=1&v=B8Lx2UIrLYM

上映情報:2018年5月19日(土)〜 6月1日(金)名古屋・名演小劇場
2018年5月19日(土) 〜 5月25日(金)、6月16日(土) 〜 22日(金)ほか横浜シネマリン
2018年4月14日(土) 〜 4月29日(日)、5月12日(土) 〜 5月18日(金) アップリンク渋谷
2018年夏以降 大阪・中崎町の天劇キネマトロンで常時公開
http://www.memory-khaki.com/schedule



 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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