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映画『スペシャリスト〜自覚なき殺戮者〜』(原題:Un specialiste, portrait d'un criminel modern)


花崎 哲さん(憲法を考える映画の会)
                                                           


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 ホロコーストに加担した元ナチス親衛隊中佐アドルフ・アイヒマンの裁判をとらえたドキュメンタリー映画。1961年4月11日、ユダヤ人国家イスラエルの法廷で開始されたこの裁判は、イスラエル政府の意向により一部始終が撮影・録音され、全世界37カ国で放映されました。ハンナ・アーレントによる同裁判の傍聴記「イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」に感銘を受けたイスラエルの反体制派映像作家エイアル・シバンと「国境なき医師団」元総裁のロニー・ブローマンが、約350時間にも及ぶ記録素材をもとに再構成。アイヒマンの"専門家"としての顔を明らかにすると共に、「自分は上司の命令に従っただけ」と主張する小役人の肖像を徹底したリアリズムで描き切ることで、アーレントが説いた"悪の凡庸さ"の実像を浮かび上がらせていく。(「映画.com」『スペシャリストー自覚なき殺戮者ー』より転載)

 映画の中に描かれているのは、法廷の中の画面のみに限定されています。音声も被告、裁判官、検事の発言と、証人の証言と現場音のみ。わずかに付け加えられた音楽が制作者の意図と不安定さを際立たせているようです。私たちはそれまでに見た写真や映画のあのホロコーストの残虐なイメージを思い浮かべながら、ここでの裁判のことばのやりとりを見ていくことになります。

 この映画の完成は1999年、日本での初公開は2000年です。
 私たちは自分たちの上映会のプログラム選びのために、この映画を見直しました。ところが、映画から受けた印象、とくに被告席に立つアイヒマンの姿から受ける印象が、以前見た時とは随分違っていることに内心、驚きました。
 以前この映画を見た時は、強制収容所に大量のユダヤ人を送り込み虐殺した最高責任者であるアイヒマンが、「自分は命令に従っただけだ」と責任を言い逃れる態度に、憎々しいものを感じ、それが長いことこの映画を見て頭に残った印象でした。ところが今回は(彼が嘘をついているにしろ、責任逃れを言っているにしろ)まっとうな、きわめて論理的に、感情的にならずに淡々と自分の立場を説明しているという印象だったのです。むしろ検事や裁判官たちの方が彼に、「自分の犯した罪」を認めさせようとして躍起になっていて手詰まりになっているように見えたのです。

 どうしてこのような"印象"の違いを感じたのか考えました。
 ひとつには、以前この映画を見た時と、今回この映画をみるときの間に、『ハンナ・アーレント』(2012年)『顔のないヒトラーたち』(2014年)『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(2016年)などアイヒマン裁判やアウシュビッツ裁判に関係したいくつかの裁判を見たことも関係あるのだろうか、と考えました。
 それらはいずれもナチの戦争犯罪、あるいはそれを許容していたドイツ人の戦争責任を問題にする映画でした。そしてそれを隠そうとし、「忘れよう」「無かったことにしよう」としている私たち自身にも問いかけてくるような問題意識をもったものでした。その分だけ、ホロコーストの実行犯であるナチスの軍人達を「悪者は彼らだ」「彼らこそ罰を受けるにふさわしい犯罪者だ」とだけ言って終わらないものが私たちの意識の中に強まっていたということかもしれません。

 もうひとつは、安倍政権の5年間、森友・加計問題を始め、ずっと「公務員の不正や疑惑」が国会で問題にされながらほとんど何一つ、問題が解明されていないという不満といらだちが頭にあったからかもしれません。問題の核心にある政治家が誰ひとり責任を取らず、逃げ回り、人々がその話題を忘れることのみを待つ、そんな政治が現にまかり通っているにもかかわらず、そのまま放置されている今の姿をさんざん見せられた中で、自分の立場を淡々と説明するアイヒマンの弁舌と態度の方がまともに感じてしまうのです。

 もうひとつあります。7月の間に2回にわたって、13人のオウム真理教死刑囚が処刑されました。そのことが頭にこびりついています。処刑の後の報道で、「オウム真理教のような事件がなぜ起こったのかを明らかにし、それをまた繰り返さないように彼ら死刑囚をもっと生かして話を聞き出すべきでなかったか」という発言の記事がありました。
この映画の中でもほとんど最終弁論のようなところでアイヒマンと裁判長の次のようなやりとりがあります。「…重要なのは、この事態を将来起こさぬ方法を探ること、もし許されるなら私は裁判の終結後にこの件を書籍の形にしてすべて包み隠さず、歯に衣着せずに書き記し、後世への警告としたいと思います。」裁判長「あなたの義務とはこの場所で本に書くつもりのことをすべて話すことではありませんか」
 でもそうするための十分な時間は与えられなかったようです。どうしてそんなに急ぐのでしょうか。オウム死刑囚に対する安倍政権の処刑を急いだ姿にも同じものを感じますが、権力が権力行使を誇示し、その威厳を守るために政治的に急いでいるとしか思えず、そこから何かを学ぶとか、真実を明らかにするという意識を感じません。
 公務員や軍人は、個人として歴史にどのように責任を取っていくことができるか?それは同じ間違いを繰り返さない社会をつくることではないかと思います。だからこそ知識と知見を記録し、残し、共有すべきなのだと思います。

 このようにこの映画は、今のどうしようもないところに来ている政治状況、またその中で生きる"私たちの責任"というものに至るまで、さまざまなことを考えさせます。
 そうした問題意識を持って、私たちはいま、この映画をみんなで見て、考えることを目的に下記にような上映会のプログラムに決めました。ひとりひとりがどんなことをそこで考えたのか、耳を傾け共有したいと思います。

【スタッフ】
製作:エイアル・シヴァン、アーメル・ラボリー
監督:エイアル・シヴァン
脚本:エイアル・シヴァン、ロニー・ブローマン
編集:オドレイ・モリオン
音響:ニコラ・ベッケル、ジャン=ミシェル・レヴィ、クリシュナ・レヴィ、イヴ・ローベル、ベアトリス・ティリエ
1999年/イスラエル=フランス=ドイツ=オーストリア=ベルギー作品
/123分/モノクロ(一部カラー)/字幕翻訳:渋谷哲也
提供:マーメイドフィルム 
配給:コピアポア・フィルム 

【キャスト】
アドルフ・アイヒマン

公式ホームページ:http://mermaidfilms.co.jp/specialist-movie/
予告編:https://www.youtube.com/watch?v=1EUNoODzK7Q

【上映情報】
第45回憲法を考える映画の会
日時:9月23日(日)13:30〜16:30
会場:文京区民センター3A会議室
映画:「スペシャリストスペシャリスト〜自覚なき殺戮者〜」




 
                                                           


<「シネマDE憲法」関連情報>

「憲法を知ることは、リアルと普遍の間を何度でも行き来すること——『映画で学ぶ憲法』」志田陽子さん(武蔵野美術大学造形学部教授)



 

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