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青森

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青森県での原発反対運動

 青森県六ヶ所村に日本各地の原発から出る放射性廃棄物を処理する為の再処理工場が建設されています。これは、原発で燃された後の核燃料を溶かし、燃え残りのウランとプルトニウムを、高レベル放射性廃棄物と分けて取り出し、貯蔵しておく施設です。今年は工場でのウランを使った試験の本格稼働が予定されています。

 いまの原発には、放射能が周囲に放出されるような大事故の起きる可能性があると言われています。実際に原発で働く多くの下請け労働者が被爆しています。茨城県東海村の臨界事故では、強い放射線の放出が長時間続き、死者も出ました。
 また、発電で生まれる放射性廃棄物を安全に処理・処分する方法も未確立だとされています。日本では地震の可能性が指摘される地域に原発が設置されていることも住民の不安を拡大しています。

 こうした状況の中で、青森県では原発に反対する運動が長くすすめられてきました。
 昨年6月16日、市民が参画して事業許可の取り消しを求めている青森県六ヶ所村の低レベル放射性廃棄物埋設場の裁判で、青森地方裁判所は原告の訴えを棄却するという判決を出しました。再処理工場が一日動くと、原子力発電所一年分の放射能が出るといわれています。多くの県民が、裁判所は再処理工場の危険性を低く見過ぎているとして、反対するとりくみを粘り強く進めています。

 プルトニウムの抽出技術が向上すれば、「原子爆弾」の開発も可能です。安倍内閣になってから、日本も核武装すべきであるという主張が目立っています。この再処理工場でのプルトニウムの貯蔵の目的には、原子爆弾の開発も可能性として視野に入れているのではないか、という懸念もあります。

 作年はチェルノブイリ原発事故20年目にあたり、「六ヶ所村ラプソディー」というドキュメンタリー映画もつくられ、上映活動も進められています(この映画の監督、鎌中ひとみさんにも、昨年このホームページの「今週の一言」で語っていただきました)。
 当研究所は以前このホームページの「シネマDE憲法」で映画「東京原発」についてコメントしました。そこで「原発が誘致される地域の住民数が多いところだろうと、少ないところだろうと、原発の危険性はそこに住む一人ひとりにとっては同じです。犠牲が出る場合を想定して人口の少ない地域に原発を誘致するということをどう考えるか。このような施策は日本国憲法の「個人の尊重」の理念ふまえて、考え直されるべきものと思われます。」と述べました。原発の問題を憲法の考え方から見つめなおしてみる必要があると思われます。

(2007年1月15日)

<投稿>放射性廃棄物処分場事故の被害範囲は極めて広範だ

鳴井 勝敏(青森県在住・行政書士・法学館憲法研究所賛助会員)

 2007年1月1日付けの東奥日報に、「高レベル廃棄物最終処分場・東通村長受け入れ意欲」とあった。インタビューに応える同村長は、原子力に対する「住民の理解」をキーワードにしていたのがとても印象的であった。 

 青森県は六ケ所村での核燃料サイクル事業に関連し、「知事の意向に反する形で、本県を最終処分地することはない」という趣旨の確約書を国から取り付けていた経緯があった。そこで、同紙の同年1月3日付けで知事は、「核燃リサイクル事業は、青森県を最終処分地にしないーということを絶対的な原則として進められてきたことを忘れてもらっては困る」と述べ、対照的に本県選出の津島雄二衆院議員は、「結果として地域のプラスになれば大いに結構な話だ」と述べていた。

原発には放射能が周囲に放出される様な大事故が起きる可能性があると言われる。チェルノブイリ原発事故の恐ろしさは未だに記憶に新しい。また、発電で生まれる放射性廃棄物を安全に処理・処分する方法も未だ確立されていないという。とすれば、核燃リサイクル事業は「住民の理解」が得られれば、「結果として地域のプラス」になれば、事を進めていい性格のものだろうか。 原発事故により放射能が周囲に放出された場合、その被害は立地村に止まる代物ではない。六カ所村に隣接する東通村の有権者数は6471人足らずである(平成18年9月現在)。その行政区画の有権者のみで判断し、そこの地域がプラスになれば良い、という性格のものではないことは明らかである。

 この点、日本原燃・低レベル放射性廃棄物埋設センター(六カ所村)をめぐる訴訟で青森地裁は、原告適格を六カ所村内の住民に限定した。村境で放射能が止まるとでもいうのだろうか。                          

 原発事故は後を絶たない。ちょっとした確認、あるいは注意すれば防げる事故ばかりである。下請け業者を含め従業員の質が低いのか、管理者の放射能に対する危機意識が低いのか。事故の度に発覚するデーターねつ造・改ざん。経営者の原子力事業に対する自信のなさ。それを未然にチェックできない原子力行政システムの欠陥。共通するのは危機意識の低さである。                

 そこで、浮上するのが情報開示の徹底であり、メディアのチェック機能である。原発の危険性は事故が起きないとなかなか伝わってこない。大事故が起きてからでは遅い。日本国憲法は「個人の尊重」を謳う。今官民問わず、人間一人一人を大事にする、という当たり前の視点が問われている。