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山形

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山形マット死事件
Y.M.記

 近年、マスメディアによる報道を通じて、少年事件に対する社会の目は、ますます敏感になってきているように思われます。今年に入ってからだけでも、5月15日には福島県会津若松市で17歳の少年が就寝中の実母を殺害するという事件が発生しています。また、1999年4月に山口県光市で発生した母子殺人事件では、当時18歳だった被告人に対する差し戻し控訴審が今年5月27日から広島高裁で開始され、改めて近時の少年事件に対する社会的な関心が高まってきています。

 20歳未満の少年が引き起こす少年事件には、一般に加害者が精神的に未熟な成長段階にあるとされることから、少年法において成人とは異なる特別の措置が予定されていますが、それへの対応をめぐっては賛否両論も含め意見が激しく分かれるところでもあります。また、司法の判断も、その結論が分岐することが少なくありません。
 1993年1月に発生したいわゆる「山形マット死事件」も、それが如実に表れた事件でした。

 1993年1月13日、山形県新庄市立明倫中学校1年生の児玉有平君が、同中学校の体育用具室で遺体となって発見されました。児玉君の遺体は、縦におかれた体育用のマットの中に逆さの状態で入っており、死因は窒息死でした。警察は、傷害及び監禁致死容疑で、児玉君をいじめていた当時14歳の上級生3人を逮捕、当時13歳の同級生4人を補導し、これら7人の生徒も犯行を認めました。
 しかし、児童相談所に送致された1人を除く6人の生徒は、後に自供を撤回していきます。山形家裁は、1993年8月23日、逮捕された上級生3人に成人の刑事事件における無罪に相当する不処分の決定をする一方で、同年9月14日、残りの同級生3人に対しては有罪に相当する保護処分の決定を下しました。保護処分の決定を受けた同級生3人は、これを不服として仙台高裁に抗告しますが、同年11月29日、仙台高裁はこの抗告を棄却しました。それと同時に、仙台高裁は、先に山形家裁で不処分の決定がなされていた上級生3人についても、児玉君の死に関与したと認定したのでした(もっとも、家裁の不処分決定は維持されます)。1994年3月1日には、最高裁も再抗告を棄却し、仙台高裁の決定が確定しています。
 ところが、その後児玉君の遺族がこれら7人の元生徒と新庄市に損害賠償を求めた民事訴訟において、2002年3月19日、山形地裁は、7人の元生徒の事件への関与を否定しました。しかし、2004年5月28日、再び仙台高裁は、7人の元生徒の事件への関与を認め、2005年9月7日、最高裁も、同様の判断を行い、7人の元生徒に対して約5760万円の支払いを命じたのでした。

 このように司法の判断が二転三転した背景には、自白偏重の捜査とそれによって得られた証拠の信憑性や少年審判における事実認定の構造上の甘さに問題があったことも指摘されています。そして、このことが、厳罰化に踏み出したといわれた2001年4月の少年法改正につながっていったというのは、なんとも皮肉な話です。また、少年事件に関するマスメディアなどの過剰とも思われる報道なども後押しする形で、今年5月25日には、参議院本会議で、加害少年の少年院収容可能年齢を「14歳以上」から「おおむね12歳以上」に引き下げることなどを内容とする少年法改正が可決されたばかりです。
 少年事件については、子どもの人権の観点からも、安易な厳罰化による対応ではなく、加害少年の将来をも見据えた保護主義を基調とした処置が求められるといえます。しかし同時に、犯罪を犯した少年については、その犯した罪が重大であればあるほど、それについてしっかりと理解させ再犯を確実に防止し更生させるための新たな取り組みが強く求められている時期にきているともいえそうです。

<寄稿>少年事件の解決は少年の味方になりうる人たちによって担当されることを望む

阿部定治(弁護士・山形県弁護士会・法学館憲法研究所賛助会員)

 2001年及び2007年に相次いで為された少年法改正の内容は,再度の明倫事件を防止するのに的確なものであったのだろうか。

 少年事件の付添人(成人事件でいう弁護人)は,少年が家庭裁判所送致された後に選任され,その後数週間の短期間のうちに審判期日を迎える。審判官(裁判官)は,家庭裁判所調査官からの報告を受け,ある程度心証を固めて審判に望む。従って,付添人は,審判期日までの短期間に少年等に面会し,記録閲覧,調査官面談をし,審判期日前に意見書を提出しておかねばならない。しかし,裁判官の心証形成に影響が大きい調査官の社会調査記録は,付添人でさえ閲覧は出来ても謄写は出来ない。また,審判期日において,審判官は少年に事実の認否は確認するが,捜査側証拠に対する採否確認手続はない。そして,基本的に同日中に審判(裁判)が言い渡されるのである。

 この点,2001年改正は,重大事件の検察官立会と原則逆送手続等を定めた。上記の少年審判の運用の是非について実質的な議論を経ずに,保護手続に異質の訴追官である検察官を立ち会わせることが非行事実の適正認定につながるのか,原則逆送の結論が前提とされることで,事件初期段階の調査官調査が形式的にしか行われずに地方裁判所へ逆送決定がなされはしないのかとの疑問がある。

 2007年の少年法改正は,「近年,少年人口に占める刑法犯の検挙人員の割合が増加し,強盗等の凶悪犯の検挙人員が高水準で推移している上,いわゆる触法少年による凶悪重大な事件も発生するなど,少年非行は深刻な状況にあります。」との提案理由で,捜査権限の強化・処分の厳罰化が図られたと言われている。当初の法律案(政府案)には,触法少年及び虞犯少年に対する警察官への強制調査権限付与等が盛り込まれた。しかし,提案理由にある少年の凶悪化を示す客観的資料は明確に示されていない(むしろ,少年による凶悪犯発生件数は,平成9年以降2000件を超えていたが,平成16年及び17年は2000件を下回っている数字もある。)。また,非行問題の解決には,少年の心理的特性に十分配慮した福祉的観点からの調査が必要であって,その様な専門性を有しない警察官への調査権限の明記及び付与によって解決できるものではないと思える。

 人間は,本能的に自分を守ってくれる人に愛着を示す。その愛着を示すべき対象から虐待を受ければ,少年は人間としての本能のはけ口が無くなり混乱する。そして,誰が自分の愛着を示すべき対象者かの区別ができなくなり,本来少年の味方であるべき人にまで攻撃するようになるという。本来味方であるべき親や教師に不当な扱いを受け,人に対して不器用な対応しかできない少年に対して,捜査機関の権限や領域が大きくなればなるほど,少年の「保護」手続を少年の愛着の対象者ではない人間が扱うこととなってしまう。少年非行の減少は、民間シェルター,付添人,児童相談所,そして理解ある調査官等の少年の味方になり得る人たちによって実現されるべき問題ではなかろうか。その活動を,どう活性化し,そして改善・援助していくかこそが必要な議論と思える。

 2007年少年法改正法は,上記の当初改正案(政府案)を大幅に修正の上で成立しているが,残念なことに,上記の活性化,改善・援助の議論は為されないままである。

 2009年に成人刑事事件の被疑者国選制度が必要的弁護事件にまで拡大されるのに対して,付添人国選制度について拡大の議論が為されていないことを知っている人は少ない。少年事件の弁護(付添)を受ける権利は憲法上の権利ではないとの議論をする者さえいる。少年のために少年事件アプリオリの議論が必要な時期なのではなかろうか。今後この日本を背負うのは今の少年達なのである。