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山形(2)

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映画祭、世界に向かって開かれた窓として
高橋卓也(特定非営利活動法人 山形国際ドキュメンタリー映画祭 事務局長)

 山形国際ドキュメンタリー映画祭は、1989年に山形市制施行100周年の記念事業として、山形市の主催でその第1回目が開催されました。映像文化の振興、若い作り手たちの発掘と育成、そして国際交流等を目的として取組まれたこの映画祭は、ドキュメンタリーに特化したものとして、アジアで初めての試みとなりました。
 1989年といえば、日本では昭和天皇の崩御、中国では天安門事件、そしてソ連や東欧の民主化のうねりに連なるドイツ・ベルリンの壁崩壊と、その後の世界に大きな影響を及ぼすよう様々な事件が起こった、まさに時代のエポックとなる年でした。人の心や社会の仕組み、歴史、そして自然や地球環境など、我々を取り巻くあらゆることに目を向けて紡ぎ出されるドキュメンタリーというメディアの祝祭が誕生するには、図らずも相応しいタイミングとなりました。ドキュメンタリー映画は、まさに世界を映す鏡だからです。
 人口25万人に充たない東北の一地方都市山形に世界中から生々しい映像が届き、あらゆる困難を克服して作品を作り上げた映像作家たちが、ヤマガタに集まってきました。そして、希少な映像を見るために日本全国から多くの人たちが10月の山形に溢れ、山形はまさに「映画の都」となりました。
 しかし、アジア地域からの作品応募がほとんどなく、国家や体制が「表現」に及ぼす暗い影が表面化しました。なぜアジアからドキュメンタリーが生まれないのか、様々な問題を浮き彫りにし作家たちが互いに励ましあえるようなネットワークを築くため、アジアの作家たちに改めて参加を呼びかけ、シンポジウムを行ったことも意義深いことでした。
 世界中でドキュメンタリーが作られ、そして発表できること、そんな当たり前に思えることが実は困難なのだということに気付くとき、この映画祭の成立に、震えるほどの感動を味わうことになりました。
 「この映画祭は、世界にとって必要だ」と。
 その感動こそが原点となり、その後隔年開催で継続され、昨2007年で10回目の記念の映画祭を行うことができたと考えます。


いよいよ映画祭2007の開幕!

映画上映の後、監督を囲んで子供たちが質疑応答


 映画祭は、世界の最新のドキュメンタリーを集めたインターナショナルとアジアの2つのコンペティション部門。そして、様々なテーマで括った特集上映など、1週間に300本近い映像が公開され、テーマシンポジウムも数多く開かれます。参加者は昨2007年の映画祭では、延べ23,000人を超えました。
 この映画祭の大きな魅力の一つである特集上映では、過去に、日米の戦前・戦中の映画を比較上映した「日米映画戦」、映画100年を振り返った「電影七変化」、世界先住民年に因んで先住民自ら選考した作品を上映した「世界先住民映像祭」、「沖縄特集」、在日と呼ばれる存在を改めて見つめた「日本に生きるということ」特集など、斬新な切り口で世界と映像に光を当てるような試みを、開催の度に行ってきました。
 私たちは、ますます映像に溢れた世界で生きてゆくことになるでしょう。しかし、本当にその深さや面白さに触れているでしょうか。


監督が自国の歌に合わせたカラオケ映像を作り合い、みんなで合唱!


 山形国際ドキュメンタリー映画祭は、世界の古今東西の映像に目を凝らしつつ、今後も人と映画の新しい交歓の「場」を作り続けたいと考えています。
 1989年より20年の歴史を経て、山形国際ドキュメンタリー映画祭は、オランダのアムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭やスイスのニヨン映画祭と並んで世界の3大ドキュメンタリー映画祭と呼ばれるまでになりました。また、参加されたドキュメンタリストや映画関係者から、世界で最も重要な映画祭の一つであるとの評価を受けており、この映画祭が担うべき責任や果たすべき役割も大きくなってきたようです。しかし、評価に甘えず、権威主義に陥ることなく、常に新しく世界に開かれた窓としての映画祭を作っていくこと。
 それが、私たちの仕事だと考えます。