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尊属殺重罰規定事件
Y.M.記

 かつて日本の刑法には「尊属殺人罪」という規定がありました。すなわち、以前存在していた刑法200条は、「自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役ニ処ス」と定めていたのです。この中の「直系尊属」とは、自分からみた場合に、両親・祖父母、曾祖父母といった上の世代の同親系縁者のことを指しますが、自分の配偶者の両親なども同様にここに含まれてきます。
 ところで、現在も存在する刑法199条は、通常の殺人罪について規定し、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」と定めています。1995年の刑法改正によって、200条のような文語体から現在の口語体に改められ、「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」とされていた規定を、「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは三年以上の懲役に処する」と変更し、さらに、2004年の刑法改正により、法定刑の見直しがなされた結果、現在の「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは五年以上の懲役に処する」という規定に改められました。つまり、これをみると、通常の殺人罪に比べて尊属殺人罪は、「死刑又ハ無期懲役」しかありえず、かなり重罰的な規定となっていたことが分かります。では、なぜこのような規定の仕方になっていたのでしょうか。そして、このような重罰を科していた尊属殺人罪が姿を消した背景には、一体なにがあったのでしょうか。

 実は、尊属殺人罪が現在の刑法からなくなったのには、あるひとつのショッキングな事件が関係していました。1968年10月5日、栃木県矢板市である若い女性が、実の父親を絞殺するという事件が発生しました。しかし、その後の取り調べで、この女性は、殺害した実父から長年にわたって性的暴行を受け、しかもその実父との間に5人の子供をもうけたという驚愕の事実が明らかになります。やがてこの女性は、職場の同僚である男性と恋愛関係になり結婚したいと考えるようになりましたが、それを知った実父は激怒し、この女性を10日間以上も自宅に監禁して暴虐の限りを尽くしたのです。思いつめた女性は、ついには実父を殺害し自首をします。そして、この女性は、刑法200条の尊属殺人罪で起訴されたのです。

 ここで、そもそも「尊属」を法的に特別に保護することについて、過去に最高裁がどのように考えていたのかをみておきたいと思います。最高裁は、尊属殺人罪と同じようにかつて刑法に存在していた「尊属傷害致死罪」に関する1950年10月11日の判決の中で、「夫婦、親子、兄弟等の関係を支配する道徳は、人倫の大本」であり「人類普遍の道徳原理」であるとして、「尊属」に法的な特別の保護が及ぶことは当然であるとしていました。同様に、この判決からわずか2週間後の10月25日に下された判決の中でも、「尊属殺人罪」について、上の判決にならった見解を明らかにしています。

 けれども、これらの判決においてもそうでしたが、「尊属」を法的な特別の保護の下におくことを認めるためには、憲法のある規定による審査をクリアーしなければなりません。それが「法の下の平等」について定めた日本国憲法14条1項の規定です。すなわち、同条項は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会関係において、差別されない」ことを明らかにしています。つまり、「尊属」を法的に特別に保護するということは、裏を返せば、「法の下に平等」のはずの個人を「社会的身分」によって「差別」することになるのではないか、という問題が出てくるわけです。

 栃木県での痛ましい事件が、その後どのような展開をたどったのかをみていくことにします。1969年5月29日、第1審の宇都宮地裁は、刑法200条が日本国憲法14条に反するとして刑法199条の殺人罪を適用し、被告である女性の心神耗弱を認めて刑を免除するという判決を下しました。これに対し、1970年5月12日、第2審の東京高裁は、刑法200条を合憲として同条を適用しつつも、減軽も加えて刑法上の最低限の懲役である懲役3年6ヶ月の実刑判決を下します。ところが、1973年4月4日、最高裁は、「尊属」を理由に刑罰を加重するということ自体は憲法の平等原則に反するわけではないが、しかし、刑法200条が刑罰を死刑または無期懲役に限定しているのは「不合理な差別的取扱い」に他ならず、憲法14条に照らして無効である、という画期的な違憲判断を行ったのです。いわば、法律の目的は合憲だけれども、その手段が違憲であると述べたことになります。最高裁が違憲判決を下したのは、これが初めてのケースでした。もっとも、この判決については、立法目的を違憲とする6名の裁判官の少数意見があったり、学界からも「尊属」への報恩といった道徳を法律で強制するのを認めたことに対する批判が存在しています。いずれにせよ、こうした問題は、法と道徳の関係という長年のテーマにかかわる問題だけに、今後も様々な場面において検証が求められることになるでしょう。ちなみに、この事件の被告の女性には、最終的に刑法199条の殺人罪が適用され、懲役2年6ヶ月・執行猶予3年の判決が下されたことを付け加えておきたいと思います。

 最後に、刑法200条がどのような経緯で削除されたのかについても、若干触れておきます。実は、刑法200条は、違憲判決が出た後も、長らく刑法上に存在していました。最高検察庁は、この判決の後、尊属殺人についても通常の殺人罪で処理するという通達を出し、それに基づいた実務が長く行われていたのです。刑法200条の尊属殺人罪が、尊属傷害致死罪などのいくつかの尊属加重規定と共に国会によって正式に削除されたのは、先にも紹介した1995年の刑法改正によってであり、最高裁による違憲判決から実に20年以上の歳月が過ぎてからのことでした。

<投稿>尊属殺重罰規定と違憲判断

T・H(法学館憲法研究所賛助会員・元裁判官)

1. 担当者から本件のコメントを書いてほしいと頼まれて困ってしまった。と言うのも、裁判所に長らく籍を置いて裁判官の仕事をしてきたが、実際の裁判において憲法判断を迫られる事件はほとんどないからである。私の場合は、民事事件の裁判を担当したことが多かったが、その間の30年近くの間憲法判断に携わったことは1度もなかった。又現在はどうか分からないが、私が司法修習生であった頃は、司法研修所での授業に憲法の科目はなかった。このように裁判官の憲法に関する素養は、法学部卒業の学生とそれほど異ならないのではないかと考えられる。そういう次第で、今後法学部あるいは法科大学院における憲法教育の充実が痛感されるところである。

2. そう言う訳で、本件に対するコメントというより私的感想めいたことを書かせてもらって責めを果たしたいと思う。裁判所(裁判官)は、刑罰法令(法令)を違憲と判断することについて極端に謙抑的であると感じる。その原因は前記の憲法教育の不在ともいうべき状況に一因があるのかもしれない。ある事件で、その法規の範囲内で相当な刑罰を選択できる場合は、あえて違憲判断に踏み込まず、これを避けて安易に合憲の前提に立って判断したり、無罪の心証の場合は、構成要件該当性、違法性、有責性の判断で無罪としたりして、その法規に違憲の疑いがあってもその憲法判断に踏み込まず、憲法判断を避けていると感じることが多い。しかし本件の場合は、削除前の刑法200条を適用すると、二重の刑の減軽(法律上の減軽、酌量減軽)をしても執行猶予がつけられず(控訴審の判断を参照。)、被告人を実刑に処して、服役させざるを得ないことになり、本件の被告人が父親から受けた言葉にすることさえ憚られるような虐待を受けた結果として、やむにやまれずなした犯行であることを考慮すれば、被告人を実刑に処して、服役させることは酷に過ぎると誰でも判断するような事例だったので、裁判所としてもあえて憲法判断(違憲の判断)をせざるを得なかったものと思う。しかし、本件に関する最高裁判所の判断は、「前記刑法200条は尊属を重く罰する立法目的自体は合憲であるが、その立法目的達成の手段として、刑罰の選択の幅が甚だしく均衡を失し、これを正当化しうべき根拠がない。」として、刑法200条を違憲としたもので、できるだけ違憲部分の範囲を狭くしようとしているのではないかと穿った見方をしたくもなる。

3. しかし、いずれにしろ本件の紹介にもあるとおり、平成7年の刑法改正により、尊属殺も他のいくつかの尊属加重規定(傷害致死、保護責任者遺棄等、逮捕監禁)と共に国会によって正式に削除され、問題は解決されることになった。しかし、裁判所(裁判官)の憲法審査に対する姿勢、判断は国民の付託に答えられるようになったのであろうか。なお、本件に関しては別冊ジュリスト「憲法判例百選T」(有斐閣発行)の30「.尊属殺重罰と法の下の平等」(小林武教授解説)も参考になる。