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群馬(2)

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赤石裁判(生徒会誌不掲載事件)
赤石竹夫(原告・元高校教諭)

1 事件の概要

 1996年2月、群馬県立富岡実業高校で、英語教諭赤石竹夫が依頼されて生徒会誌に寄稿した「マレーシア・シンガポールの旅」と題する紀行文を、校長が独断で不掲載にしました。
 紀行文は、前年の夏に参加した「戦後50年を考えるマレーシア・シンガポールの旅」での見聞をもとに、旧日本軍による住民虐殺と戦後の日本企業による公害輸出について述べた上で、真の「国際化」やアジア諸国との友好関係について真摯に考えることを訴えたものでした。校長はこれを「内容がふさわしくない」として、赤石教諭に対し一方的に不掲載を通告し、生徒会顧問教師や生徒の編集委員会にも諮らず、その後の顧問教師の抗議や赤石教諭の再三の話し合いの申し入れも受け入れませんでした。
 同年3月、赤石教諭は県と校長を被告として国賠請求訴訟を提起しました(前橋地裁高崎支部)。

2 事件の背景

 群馬の高校教育の現場では、全国に先駆けて1980年代初めから、県教育委員会によって日の丸・君が代の強制をはじめとする強権的な学校運営と熾烈な組合攻撃が進められていました。その結果、職場では校長の独断による学校運営が横行するようになりました。校長らは生徒や教師の言論活動にも日常的に目を光らせ、学校新聞・生徒会誌・学校が発行する紀要などにおいて、専断的に不掲載としてしまう事件が複数起こっていました。赤石事件は、桐生工業高校で同時期に起こった生徒会誌切り取り事件(松本事件)と同じく、このような状況の中で起こるべくして起こった事件でした。

3 争点および訴訟の経緯

 本件の争点は、検閲の禁止・表現の自由への事前抑制の原則的禁止、教育の自由、生徒の教育を受ける権利・意見表明権、生徒会誌の編集発行権限の所在、不掲載措置の手続的違法性、紀行文の内容の真実性・正当性など多岐にわたりました。中心的論点である生徒会誌の編集発行権限の所在について、原告側は、(1)生徒会誌編集委員会が権限を有するのであって校長に権限はないこと、(2)仮に校長に何らかの権限があるとしても、本件では生徒会編集委員会に諮るなどの手続を一切経ずに不掲載を決定したこと、紀行文の内容に関する不掲載理由に合理性がないことから、権限濫用にあたることを主張しました。しかし、一審から上告審まで、十分な審理が行われることなく原告の主張はことごとく斥けられる結果となりました。
 けれども、管理統制が強められる中で、「学校から自由と民主主義を奪うのは許せない」と果敢に訴えを提起したことが、生徒を含め多くの人々の共感を呼び起こしたことは間違いありません。この共感があったからこそ、1700名にのぼる「支援する会」に支えられて、8年余にわたる裁判闘争を続けることができたのです。
 憲法とともにこの裁判の拠り所としてきた教育基本法が改悪されるなど、教育をめぐる状況はますます厳しくなっていますが、「学校に自由と民主主義を」という声を抹殺することはできません。憲法の理想を教育の場に取り戻そうとの願いは必ず実を結ぶ、その思いを多くの人と共有することができたのが、この裁判でした。