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プロ野球労組のストライキ
T・O記

 労働者がストライキを行う権利は、憲法第28条で「団体行動をする権利」として保障されています。しかし労働者によるストライキは、1974年に年間9581件を記録したのをピークに年々減少し、2005年には129件となっています。そんな中で大きな注目を集めたのが、2004年9月18・19日に行われた、プロ野球の選手たちによるストライキでした。

 事の発端は、ストライキの3ヶ月前に、近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブがシーズン終了後に合併すると発表したことです。これに対して、ライブドアが近鉄バファローズの買取りに名乗りを上げましたが、ほとんど相手にされず、合併が進められようとしました。

 これに対して、プロ野球選手会が異議の声をあげました。野球協約により、球団の支配下とできる選手の人数が80名と決められており、球団の合併によって球団の数が減れば、その分プロ野球選手となれる総数が減ることになります。つまり、選手たちは、球団合併により、プロとしての地位を失う可能性が出てきたわけです。買収により球団を減らさないで済むという可能性があったにもかかわらず、これを考慮しようとしなかったこともあり、選手会は、ストライキも示唆して、交渉を要求しました(なお、選手会は、ドラフト改革や、球団の新規参入促進なども求めていました)。

 しかし、両球団は、選手会の要望にもかかわらず、2004年8月10日、合併の基本合意書に調印しました。その2日後、プロ野球選手会はスト権を確立し、同27日には選手会が東京地裁に合併の差し止めの仮処分を申し立てましたが、東京地裁(2004年9月3日)、東京高裁(2004年9月8日)はいずれも選手会側の訴えを認めませんでした。日本野球機構との交渉も決裂したため、プロ野球選手会は、9月18日・19日に渡ってストライキを決行し、両日とも全6試合が行われませんでした。

 一部のオーナーや新聞は、このストを批判し(例えば読売新聞2004年9月18日付社説「ファン裏切る“億万長者”のスト」)、損害賠償の請求ということまで言われました。しかし多くのメディアはこのストを支持(例えば朝日新聞2004年9月18日付社説「プロ野球 このストを生かせ」、産経新聞同年9月22日付主張「プロ野球再編 オーナーが決断する時だ」など)しました。専門家の間でも正当なストライキという認識が示されたこともあり(たとえば、朝日新聞2004年09月10日付に掲載された、中央労働委員会の会長も務めた花見忠「プロ野球スト 選手には正当な権利がある」)、オーナー側が損害賠償を請求することはありませんでした(法的な問題については、「プロ野球選手会のストライキ〜プロ野球選手会と日本野球機構の問題を法的観点から診る」をご覧ください)。

 ストは、球団合併を止めることはできませんでしたが、新規参入を認めることで合意が成立し、プロ野球球団は12球団で存続することとなりました。このように、ストライキは労働者側の要求を通したり、経営者の暴走に歯止めをかけたりするための重要なツールとなっています。「ストは迷惑だ」という声も一部で聞かれますが、憲法でも保障されている行為であることにも鑑みて、いま一度、ストライキの意義を考えてほしいと思います。

 なお、2004年8月9日付の「今週の一言」で、プロ野球選手会事務局長の松原徹氏にご登場いただいております。こちらもあわせてご覧下さい。

<投稿> 不正な「裏金問題」解決のためにストライキの教訓を生かそう

和食昭夫(「スポーツ9条の会」事務局・新日本スポーツ連盟副理事長)

 2004年9月20日、各地で行われたプロ野球の12試合には、20万人のファンが詰めかけました。そして、特筆すべきことは、ファンが自分のひいきのチームの応援だけでなく、チームの枠を越えて「プロ野球そのもの」を応援し楽しんでいたことです。このグランドと観客席の一体感を生み出したのは、9月18日、19日にプロ野球労組がプロ野球史上初のストライキを実施したことにあったことは間違いありません。

 この歴史的なストライキをめぐる経緯は本文で触れられており省略しますが、ひとこと言えば、このストライキは、経営者側である日本野球機構の、個別企業の利益優先の立場や選手を単に経営と宣伝の道具としか考えない古い体質を鋭く告発するものであったということです。本来日本野球機構は、プロ野球全体の発展とそれを直接支える選手の生活や人権を守ること、そして何より選手がプロとしてその能力を十分に発揮出来る環境・条件を整えることに責任をもつ責務があるはずです。その意味では、選手会労組のストライキは、日本野球機構の責務を全うさせる意義を持つものであったし、だからこそ選手の強い団結とファンの共感があったのだと思います。

 パリーグの開幕を目前にした今年3月9日、西武ライオンズが選手のスカウト活動において2人のアマチュア選手に1,300万円の「裏金」を渡していたことが発覚しました。このことにたいする日本野球機構の対応も、04年の球団合併問題の際の対応と全く変わっておらず、ストライキという痛い教訓が全く生かされていないことを痛感します。この点でも選手会労組は、ドラフト制度に関して、完全ウェーバー制は保留しても「裏金」の余地を残す「希望枠を撤廃」することを強く求めています(宮本愼也日本プロ野球選手会会長談)。今回の西武ライオンズの「裏金」問題とその原因となっている「希望枠撤廃問題」の適切な解決のために、今一度、04年のストライキの意義を確認し、再びファンと選手がプロ野球界を動かすときではないでしょうか。

 さて、スポーツ9条の会は、本来スポーツは平和の文化であるとの立場から、また戦前・戦中において、スポーツは「敵性文化」として消滅させられた轍を踏まないためにも、スポーツ分野で憲法9条を守る運動を進めようと活動しています。戦前・戦中「敵性文化」として排斥される時、繰り返し言われたことは、「スポーツは個人主義である」「スポーツは自由主義を助長する」などであり、個人の自由な能力を発揮することの否定でした。安倍内閣は、教育基本法の改悪で徳目の押しつけや自己責任論の強要などを進めていますが、これらは戦前・戦中のスポーツ排斥の論調と軌を一にするものとして大きな危惧を覚えます。
(2007年3月28日記)


<投稿> 労働組合・プロ野球選手会のストライキに、運動の原点を見る

山内 拓(東都生協労働組合=法学館憲法研究所賛助会員団体)

 労働組合のプロ野球選手会が、ストライキを行ったのが2004年と聞き、「もう3年も経つのかぁ」と思っています。ストライキは、憲法28条で保障されている労働基本権、すなわち、団結権・団体交渉権・団体行動権の中の、団体行動権(争議権)の発動ですから、所定の手続きを踏めば、行使できる労働者の正当な権利だというのは、周知されているところかと思います。

 もともと労働者一人ひとりは、使用者に対しては「弱い存在」です。言うまでもなく私たちは使用者に雇われて働いているわけですから、例え文句があったとしても、対等な立場でそれを主張しようとするには余程の勇気が要ることです。もとより一人のままで、使用者に抗うのは殆ど不可能なのかも知れません。それゆえ私たちは組合を組織し、否、組合を組織して始めて、使用者と対等な立場で対峙でき、時にはストライキという実力行為ももって力関係を高めていくのだろうと考えます。


 しかし、そのストライキですが、1974年に9581件を記録したのをピークに、2005年には129件と、その数は激減したといいます。 

 かく言う私の職場でも、ストを行ったのはいつだったでしょうか、はるか10数年前の春闘だったか、年末一時金闘争だったか・・・。その間、おそらくはストをしてでも、使用者に対して、異議申し立てをしなければいけない事案がいくつかあったのではないかと、個人的には思うのですが、ともかく、わが職場においても、ストをしない、あるいは、できないという状況があります。何故か。

 要因はいくつかあると思います。ここで、そのそれぞれに言及はしませんが、選手会の行ったストライキと絡めて考えるとき、一つ思い浮かぶのは、選手会の行ったストライキが、単に選手たちの雇用場確保という要求を超えて、ファンも巻き込んだプロ野球全体の問題としての争点を作り出すことに成功した事例、だったのではないかと言うことです。合併によるチームの減少ということに対する、選手会の労働者としての主張=雇用場確保と、ファンの「チームを減らすな」という要求が一致し、ストを行う選手会、それを支えるプロ野球ファンという構図が、あの大きな「古田コール」に現れていた、と考えるのです。
 そして、このことは、運動がその支持者をどれだけ獲得することができるか、という基本的な問題を、私たちに問いかけるものなのではないか、と思います。運動とは、「少数派であるがゆえに実現できない要求を、多数派を形成することによって実現していこうとする過程」と定義するとき、プロ野球選手会の行ったストライキに、運動の原点を見た気がいたしました。